この記事をまとめると
■フェラーリのようなスーパーカーをカスタムすることには賛否両論がある
■昔のスーパーカーには欠陥も多く、それらを改善するためにカスタムする人も多かった
■現在のスーパーカーは改善の余地がなく、ちょっと寂しい
オリジナルで乗ろうがカスタムしようがそれはオーナーの自由だ
編集部から、またまた無遠慮な質問が届いた。
「芸術品のフェラーリ様をイジるとかいいんでしょうか?」
むむっ。
「フェラーリに限らず、スーパーカーのカスタムってアリなんですか」
その口ぶり(メールだけど)には、明らかに「邪道だろ!」というニュアンスが感じられた。クルマを自分のものにした以上、なにをどうしようと本人の勝手だ。違法でない限り、誰に文句をつけられる筋合いでもなかろう!
が、時代の流れは明らかにオリジナル優位。カスタムは「芸術品をメチャクチャにする行為」という雰囲気になっている。その背景には、現代のスーパーカーの出来があまりにも完璧になり、カスタムしても性能の向上はまず考えられないどころか、「絶対性能落ちてるだろ!」と推測されるという事実がある。
が、昔……というより、20世紀中はそうじゃなかった。たとえばフェラーリにしても、360モデナまでは明らかに設計段階の欠陥があり、それを直してちゃんと走るようにするという作業は、間違いなく正義だった(と個人的には信じる)。
モデナの欠陥は、主に空力にあった。フェラーリの市販車として初めて本格的なリヤディフューザーを装備し、高速域で大きなダウンフォースを得たはずなのに、高速域でリヤがフラフラして無茶苦茶怖い。いったいこれはどういうこと?
対策として、まずは手っ取り早く「リヤの車高を下げる」から手を付け、続いてスプリングとダンパーを信頼できるファクトリーに特注して交換。ノーマルよりしなやかに動く足を得たことで、走りは見違えるように安定したが、それでも超高速域では不安定だったので、最後の手段として、エアダムやディフューザーなどの空力パーツを、チャレンジストラダーレ(360モデナの限定軽量レーシングモデル)と同じ形状のもの(中国製のパチもん)に交換し、完璧な仕上がりとなった。
フェラーリ本社も、360モデナの空力には問題があったことを認めたからこそ、チャレストの空力パーツ形状を変更したに違いない。