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いまバカ売れの「ジープ・ラングラー」はどの世代も「ひと目でジープ」! 80年のワイルド過ぎる歴史を調べてみた (1/2ページ)

いまバカ売れの「ジープ・ラングラー」はどの世代も「ひと目でジープ」! 80年のワイルド過ぎる歴史を調べてみた

この記事をまとめると

■クロカンの最高峰「ジープ・ラングラー」の歴史を紐解く

■軍用車をベースとした市販モデルがラングラーのルーツだ

■ラングラーの車名は1987年から始まっている

世界最強クラスの4WDマシンを振り返る

 ルーツを辿ると第二次世界大戦中の1941年に生まれた軍用車に行き着くという、長い系譜を誇るジープ・ラングラー。くわしくない人が見ればすべて「ジープ」かもしれないが、クルマ好きであれば形式名とともに、進化の過程を覚えておきたいものだ。

 もともと軍用車として第二次世界大戦中に送り出された頃は、メーカーはウィリス、形式名はMAやMBだった。ミリタリーユースのタイプA、タイプBが名前の由来だ。それが戦後、民生用に生まれ変わったときに、シビリアン・ジープの略でCJになった。

 ジープという名前もこのとき与えられたが、大戦中からその呼び名は兵士の間では一般的になっていたそうだ。このクルマの軍用車両でのカテゴリーGP(ジェネラル・パーパス)が語源と言われる。それをウィリスが商標登録したのだ。

 CJはプロトタイプの1と2が作られたあと、市販型CJ-2Aが登場。その後3、5、7と進化した。ロングボディの6と8、オーストラリア向けピックアップの10もあった。CJ-4は5のプロトタイプとして1台だけ作られたという。

 エンジンは当初のCJ-2Aでは、MBから受け継がれた2.2リッター直列4気筒だったが、CJ-5の頃には直列とV型の6気筒、そして5リッターV8も積まれるようになった。

 その間、メーカーはウィリスがカイザーに吸収され、そのカイザーはナッシュやハドソンを母体とするAMC(アメリカン・モーターズ・コーポレーション)の一部になるという動きを経て、1987年にクライスラーがAMCを買収。この年CJがYJにモデルチェンジし、ラングラーという車名も与えられた。

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