「ミウラ」を開発したレース界の偉人「ダラーラ」! 集大成で生み出した市販スポーツもまた圧倒的だった (2/2ページ)

ついに理想のロードゴーイングスポーツを作り上げる

 レース市場で生き残る、あるいは成功する秘訣は「勝利」以外になく、ダラーラシャシーがラルト、レイナードなどと競合しながら最終的に寡占市場を築いた理由は、信頼性が高く速いシャシーだったからにほかならない。こうした流れは、2000年代に入ってからも続き、GP2(現FIA F2)、GP3(FIA F3)をワンメイク化するほどの信頼性を勝ち得ている。

 また、F1には1988年からスクーデリア・イタリアのシャシーコンストラクターとして参戦。スポーツカーレースの分野では、ランチアLC1(グループ6)、ランチアLC2(グループC)、フェラーリ333SP(LMプロト)などの開発を手掛け、レース市場から優秀にして信頼の置けるコンストラクターとして高い評価を得るようになったのは、この時代の実績がその根幹となっている。

 こうしてダラーラの歴史を振り返ってみると、個人としては自動車メーカーで量産車の開発作業に従事してきたが、独立して企業を率いる立場となってからは、レーシングコンストラクターとして名を成したと見てよいが、2015年、自身のエンジニア人生の集大成として、ロードゴーイングスポーツカーの開発を企画した。1972年に独立して以来、43年目にしてダラーラ社初となる公道走行用車両のプロジェクトである(ダラーラ社としては、ブガッティ・シロンの開発にも関与)。

 開発コンセプトは、ダラーラが自動車に対して込めた想い「公道、サーキットを問わず、走る歓びをファンに伝えたい」を具現化したもので、2.3リッター直4ターボ(400馬力)に855kgの軽い車重の組み合わせは、スポーツカーを名乗りながら最高速度に偏重した性能設定のために700〜800馬力級のエンジンパワーに1600kg前後の重車重を持つスーパースポーツカーとは、明らかに異なる軽快な運動性能を持つ車両として作られていた。

 俊敏で軽快なフットワーク、しかしながら、動力性能は400馬力のエンジンパワーに支えられた一級品。究極の運動性能、旋回性能を目指しながら、現代のスポーツカーとしてトップゾーンに位置できるエンジンパワーを与えた車両企画は、長年、サーキットという究極の場で、レーシングカーを作り続けてきたダラーラならではのスポーツカーコンセプトと言えるものだった。

 若くしてランボルギーニやフェラーリの高性能スポーツカーを手掛け、充実期をトップレーシングコンストラクターとして手腕を振るい、そして、その集大成期に両者の長所を合わせ持つ、もっとも自分らしいロードゴーイングスポーツを作り上げたジャンパオロ・ダラーラ。彼こそ、尊敬すべき、そしてもっとも愛すべき自動車エンジニアではなかろうか。


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