この記事をまとめると
■バブル期は自動車業界もチャレンジ精神旺盛で、さまざまなクルマを販売した
■前例を見ないような高級車からスポーツカーまで誕生し、抽選販売までもあった
■今でも当時のクルマは根強いファンが多く、中古車も人気だ
バブル期は社会もクルマ業界もやりたい放題だった
現在、50歳以上の人なら記憶に鮮明に焼き付けられているはずの日本のバブル。それは1980年代後半から1990年初頭にかけての異常な好景気である。初任給30万円越えなど当然で、ボーナスが100万円、200万円なんていう若きサラリーマンもいたとされている。筆者のようなフリーの物書きでも、単行本1冊250万円、ちょっとしたムックでもギャラは最低1本……という時代だ。
ちなみに当時のお金の勘定は、1本、2本というざっくりしたもので、1本はもちろん100万円である。若者がクレジットカードのゴールドカードをなんなく取得できたのも、今思えば、バブル期ならではだろう(若者だった筆者も)。
もちろん、収入が激増したわけではない人もいたはずだが、それでも貿易風ならぬ、みんなが”バブル景気風”に吹かれ、浮かれていたのである。ただし、1993年のバブル崩壊によって、いきなり就職氷河期を迎えたのも事実。シャンパンの泡のように、バブルは泡立ち、そしてすぐに消えていったということだ。
そんなバブル期には、今では信じられない現象がいくつもあったのだが、ひのひとつが自動車である。バンバンと新車が発売され、それも超高額車だったり、ニッチすぎるクルマであったり。しかし、それでもバカ売れしたのが、バブルの勢いだ。
ちなみに、バブルの勢い!? に乗って、1990年に登場した、今では欠かせないクルマの装備がある。それこそ世界初のGPS搭載のカーナビゲーションで、1990年4月デビューのユーノス・コスモに用意されたのだった(三菱電機との共同開発)。バブル期はクルマの発展にも大きく寄与していたと断言できる。
当時を振り返れば、身近なところでは、日産のパイクカーシリーズがあった。今なら大きな需要が見込めず、却下されていたようなとっぴな新車企画が通り、目論見どおり、売れまくったのだ(抽選で購入するクルマもあった)。
その第1弾が日産Be-1だ。初代マーチをベースに、ミニを思わせるレトロでポップなデザインが与えられ、老若男女に大ヒット。限定1万台が2カ月で完売したという超ヒット作となった。