無限とホンダに資本関係はない
最後に紹介するのがホンダ系ワークスチューンの「無限」。ただし、同社については他のワークスチューン系ブランドとは毛色が異なる部分がある。それは無限が過去も現在も、ホンダ本体とは何の資本関係もないということだ。
もともと「無限」という株式会社が誕生したのは1973年。立ち上げたのは本田博俊氏である。ご存じのように博俊氏は、かの本田宗一郎氏の長男であるが本田技研工業には入社していない。そして、博俊氏はプライベートレーサーと広い交友関係を持っていた。無限はあくまでも、そうした個人的なネットワークから生まれたレーシングエンジンの開発企業として生まれている。
とはいえ、親子という関係から他社のエンジンをベースにするというのは難しかったのだろう。無限はシビックのエンジンをベースとしたフォーミュラ用エンジンで、その名を響かせるようになる。その後も、二輪・四輪問わず、ホンダ車のモータースポーツに欠かせないパワートレインを開発・供給するようになっていった。
そうした活動の頂点といえるのが、世界三大レースに数えられるF1モナコGPを制した3リッターV10「MF301H」エンジンだろう。1996年のモナコGPを制したのは無限エンジンを積む、リジェのオリビエ・パニス。この後、無限エンジンはF1で4勝を挙げることになる。
さらにエンジンだけにこだわっているわけではないのが先見の明があるところで、二輪の伝統的なレースイベント、マン島TTに電動バイク「神電」を持ち込んで幾度もクラス優勝を果たしている。
もちろん、無限としてスーパーGTなどのモータースポーツ活動も行なっているが、現在ホンダのワークス活動を担っているのは本田技術研究所のHRD Sakuraであり、トップカテゴリーにおいて無限は、ホンダ系チームのひとつという位置づけだったりもする。その一方で、軽自動車N-ONEを使ったワンメイクレースN-ONEオーナーズカップの事務局を務めるなどホンダ系モータースポーツを支える存在であったりもするのだ。
ちなみに、現在の無限は2003年に誕生したM-TECHという企業が本体である。「無限」というブランドに独占使用権を株式会社無限と締結することで、レース活動のノウハウを込めたオリジナルのチューニングパーツの開発・生産を行なっている。この部分がワークスチューンとして知られているビジネス領域だ。単にパーツを開発するだけでなく、FD2シビックタイプRやS660をベースとしたコンプリートカーの販売も行なったことがあることからもわかるように、車両全体でのバランスも考慮したフィロソフィーが無限の特徴だ。