「お仕置きモード」がなければサーキット走行を楽しめる
よく考えれば、こうした働きはサーキット走行でも有効なのだが、実際には、その「効き方」が問題なのである。量産車に装備される車両挙動安定装置は、ドライバーにアクセル操作が不適切だったことを警告するため、再びエンジン反応するまでしばらく「待ち」の時間が設けられ、ほんのわずかな滑りに対しても挙動が不安定に陥ると判断してシステムを作動させる設定となっている。
しかし、グリップが回復すると同時にエンジンが反応し、ある程度滑り出したところでシステムが機能する設定とすれば、車両挙動安定装置やトラクションコントロールが機能しても、逆に速く走らせるためのデバイスとしてレース車両に向くシステムとすることもできる。
実際、車両挙動安定装置の先駆けとなったメルセデス・ベンツ(ESP)は、その開発をサーキットレースに求め、豪雨の中では不利なFRのCクラス(クラス1ツーリングカー規定下、1990年代中期DTM)を4輪駆動のアルファロメオ155と同等のスピードで走らせ、関係者を驚かせたことがあった。
こうした設定は、速いサイクルで制御を行うレーシングABSもまったく同じだが、システムの「利き方」をどう設定するかで、フィードバックされる動きも正反対のものにすることができる。
しかし、ここで問題とするのは、市販車に装備され不特定多数のドライバーを対象とした車両挙動安定装置でありトラクションコントロールであるため、要求される要素は1点のみ、安全性の確保に尽きるのである。
車両挙動安定装置、トラクションコントロールは、安全の見地から一般公道だけを走る車両にとっては不可欠な装置と言えるのだが、それでもオン/オフの切り替えポジションがあるのは、雪道など低μ路での発進、走行がスムースに行えることに対処したためだ。
わずかな滑りでもシステムが作動すると発進、走行ができなくなることを考慮し、逆にこうした走行条件は絶対速度が低いことから、システムが作動しなくても安全性の確保に大きな問題はなく、任意でシステムのオン/オフを選べるようにした結果である。
それにしても、こうした安全デバイスを考える上で忘れてはならないことは、システムの有無にかかわらず、いかなる高性能車もタイヤのグリップ限界を超えて走ることはできない、という厳然たる事実である。
サーキット走行はもちろんだが、一般公道で車両挙動安定装置があるからと、たとえば設計速度100km/hのコーナーに150km/hで進入すれば、アクシデントに直結することは疑いようもない。いかに優秀な安全デバイスであっても、タイヤのグリップ限界を大きく超えたところでの機能は保証されないということだ。
むしろ、サーキットでこれらのシステムをオフにするのは、限界領域は自身の運転技量でコントロールするものとも解釈でき、テクニックの上達を心がけつつ走りの楽しさを堪能するとよいのだろう。