ファミリーカーからスポーツカーへと華麗なる転身
さて、スカイラインの歴史を振り返ると、そもそも波乱万丈のモデルだった。
ファンにとっては当たり前の話だが、スカイラインというのはプリンス自動車が生み出したセダンだった。トヨタ・クラウンのライバルとしての初代スカイラインが誕生したのち、プリンス自動車は同じ資本関係にあった富士精密と合併している。その際、富士精密→プリンス自動車といった具合にコロコロと社名を変えるなどしていた。
そうした中で2代目スカイラインが登場する。ここで大きな変更があった。初代と異なり、小型のファミリーセダンとして企画されたのだ。当時の想定ライバルはトヨタ・コロナや日産ブルーバードだった。そのため2代目は全幅1.5m未満の小さなボディに1.5リッター4気筒エンジンを積む小型セダンとなっていたのだ。
本来、そのまま小型セダンとしてスカイラインは熟成していくはずだったが、さまざまな理由からプロモーションとして第二回日本グランプリに必勝態勢で出場することになる。このとき、ホイールベースを伸ばしてまで直列6気筒エンジンを積んだ「スカイラインGT」を出したことが、現在のスカイラインにつながるルーツとなった。
そして1966年、プリンス自動車が日産自動車に吸収合併される。通常であればプリンス自動車由来のモデルは消えてもおかしくない状況だったが、スカイラインGTのブランドはすでに絶大で、日産傘下でもスカイラインのまま登場することになる。それが3代目のいわゆる「ハコスカ」であり、レース用のホモロゲーションモデルとして「GT-R」が初めて登場したのも、ハコスカのときだ。
これがスカイラインの運命を決めた。2代目ではファミリーセダンだったスカイラインが、一気にスポーツカーのポジションになったのだ。手の届くスポーツカーというキャラクターが評価され、「ケンメリ」の愛称で知られる4代目は5年間で63万8千台を販売するというスカイライン史上最高の人気を博した。
逆にいえば、これ以降のスカイラインは4代目のレコードを超えられないままモデルチェンジを重ねている。ジャパンの愛称で親しまれた5代目、鉄仮面が印象的な6代目、そしてグループAレースにGTS-Rで参戦した7代目へと徐々に販売台数を落としていった。
第二世代のGT-Rが復活した8代目、居住空間と走りを高次元でバランスさせた9代目、強靭なボディを与えられた10代目までが、日本オリジナルのスカイラインだが、結局4代目の実績を超えることはできなかった。そして直列6気筒エンジンを積んだスカイラインは、10代目を最後に姿を消した。
11代目以降、現行モデルに至るまでは前述したようにインフィニティのラインナップから4ドアセダンや2ドアクーペを日本で展開する際にスカイラインの名前を利用したというカタチになっている。その中にはインフィニティのスポーツSUVに「スカイラインクロスオーバー」という名前をつけて日本で販売したこともあった。
スカイラインクロスオーバー自体はビジネスとして成功したとはいえなかったが、SUVブームで選択肢が広がっているなか、スポーティで伝統的な名前を持つスポーティなSUVというのは、新しいニーズを生み出す可能性もある。実際、アメリカではフォードが、SUVスタイルの電気自動車に「マスタング マッハe」という名前をつけて展開している。ブランディングの手法として、同じ手がスカイラインにおいても使える可能性はゼロではないだろう。
ところで、日産がスカイラインの開発を中止するという話がそもそも眉唾なのは、スカイラインを止めたとしても、日産はスポーツカーのためのFRプラットフォームを作り続けなくてはいけないからだ。ご存じのようにフェアレディZは正式デビューの日が近づいている。
プロトタイプがメカニズム面でも市販モデルに近いのであれば、新型フェアレディZはFRレイアウトのスポーツカーになるはずだ。逆にいえば、フェアレディZのためだけにFRの生産ラインを残しておくことはビジネス的に考えづらい。仮に、いまのカタチのスカイラインが消えたとしても、なんらかFRプラットフォームを利用したモデルは残るはずだ。部品調達や生産性を考えると、それが妥当な結論となる。
もっとも、そのFR生産ラインが日本に残るという保証はない。そうなると、フェアレディZと共にラインを流れるモデルはインフィニティのプレミアムセダンやSUVとなる可能性も高いかもしれないが……。