テレビCMとWEB記事のクロスメディアとして成り立っている
俳優の香川照之さんが編集長を務めるという「トヨタイムズ」のテレビCMを目にしたことがある人は多いことでしょう。トヨタとタイムズ(新聞)を組み合わせた「トヨタイムズ」とは何なのか、CMのために設定された架空のメディアなのか疑問に感じるかもしれません。
トヨタイムズの公式ツイッターアカウントを引用すると次のようになっています。
“トヨタイムズは、今まで公開されることのなかった、トヨタのありのままの姿をお見せするメディアです。モビリティカンパニーへの変革に向けて、トヨタの中でどんな変化が起き、トップである豊田社長は何を考え、何をしようとしているのか?トヨタの内側をお見せしていきます。”
というわけで、いわゆる企業のオウンドメディアといえるものが「トヨタイムズ」なのですが、一連のテレビCMは単にオウンドメディアへの誘導を狙ったものではないのが、普通のテレビCMとは違うところ。あの短い映像は、WEB記事とのメディアミックスを考慮したもので、CMを使うことでテレビとWEBのクロスメディアを実現しているのが「トヨタイムズ」というわけです。
ところで、トヨタのオウンドメディアといえば、GAZOO Racingの原点ともいえるポータルサイト「GAZOO」があります。こちらはトヨタのメディアですが、さまざまな媒体からの記事配信を受けたりするなど、トヨタに限らずすべてのクルマ好きにリーチするメディアという位置づけになっています。
こうしてトヨタが複数のオウンドメディアを持っている理由はさまざまですが、ひとつにはトヨタが既存メディアを信用していない、自分たちの手でしっかりと情報発信をしたいと考えていることが挙げられるでしょう。
トヨタ自動車社長の豊田章男さんが2020年6月の株主総会において、唐突に「ロバの話」をしたことは話題となりました。トヨタイムズに掲載された、その話は以下のようになっています。
“ロバを連れながら、夫婦二人が一緒に歩いていると、こう言われます。
「ロバがいるのに乗らないのか?」と。
また、ご主人がロバに乗って、奥様が歩いていると、こう言われるそうです。
「威張った旦那だ」
奥様がロバに乗って、ご主人が歩いていると、こう言われるそうです。
「あの旦那さんは奥さんに頭が上がらない」
夫婦そろってロバに乗っていると、こう言われるそうです。
「ロバがかわいそうだ」“
これはトヨタが既存メディアの切り取り方を批判したものとして、メディアのなかでも大いに話題となりました。それだけ豊田章男さんはこれまでのメディアの報道を腹に据えかねているということでもありますが、オウンドメディアによる発信力をつけたという自信が、ある意味でメディアを批判することを可能にしたという証左でもあるからです。
なにしろトヨタは電通と共同出資により、新たにマーケティング及びモビリティビジネスを創造する新会社「トヨタ・コニック」を2021年1月に発足させています。
この新会社の傘下には、これまでトヨタのハウスエージェンシーであったデルフィスを「トヨタ・コニック・プロ」という新事業会社として配置。このトヨタ・コニック・プロの役割は『お客様から最も信頼されるブランドづくりに向けた新たなコミュニケーションの革新』と『デジタル社会の進展など、時代の変化を先取りした新たなマーケティングへの変革』というもので、まさしくオウンドメディアによる情報発信をトヨタのブランディングに直結させることを狙っているのは明らかです。
なお、トヨタ・コニック傘下には、リテール領域のDX(デジタルトランスフォーメーション)を担う「トヨタ・コニック・アルファ」という事業会社も置かれています。
CASEというキーワードで表現される自動車業界100年に一度の大変革において、自動車はコモディティ化するといわれています。つまり、安ければ安いほどいいという商品となっていく可能性があります。しかし、そうなると収益性は下がりますし、企業の持続性も失われてしまいます。
コモディティ化に抵抗するには、替わりのきかない強いブランド力を持つことが重要なのは言うまでもありません。トヨタがオウンドメディアに積極的であったり、マーケティングに新事業会社を興したりしているのは、ブランド価値を高めるという重要な生き残り戦略と考えれば、「トヨタイムズ」へ注力していることも腑に落ちるのではないでしょうか。