単に新エンジンではなくクルマの「新しい開発手法」から生まれた
そこで、エンジン開発の基本を考えてみる。
エンジン設計の教科書を紐解くと、古典的な手法としては、まず気筒の大きさとなるボア×ストロークを決める。どのようなエンジン特性にしたいのか、エンジンレイアウトをどうするか、競合他社はどのようなアレンジなのか、さまざまな要因を考慮する。
近年では、気筒内の燃焼についての研究が進んでいるため、理想的な燃焼に近づけるためのボア×ストロークという考え方も含まれてくる。さらに、気筒内の設計からコンロッドの設計となり、各気筒との間隔について冷却方式を加味するなど、エンジン全体への設計という流れだ。
こうした古典的なエンジン開発手法は、自動車開発が長年に渡り、エンジン第一主義があったことに由来する。60~70年代の高度経済成長期に活躍した、自動車メーカーOBたちは「社内でエンジン屋が幅を利かせていた」という話を口にする。
エンジンが決まり、車体が決まり、そしてボディデザインへと移る。こうした古典的な自動車開発の発想では、アウディの直列5気筒エンジンは生まれなかったはずだ。70年代当時、アウディが目指したのは、最初に出口戦略として、クルマとしてベストパッケージングを考え、そのなかでもっとも適したエンジンを発想していくこと。そこから生まれた、他に類のない直列5気筒という設計思想を単なるアイディアではなく、量産へと結びつけたことが、当時としては先進的かつ画期的だった。
そうした考えに基づけば、これからのエンジン開発においては、厳しい環境規制への対応で電動化が進み、その上でクルマ全体のベストパッケージングを発想することになる。
一方、電動化が進むことで他社との差別化が難しくなり、メーカーの個性をいかに維持するべきかという点でのブランド戦略が必須である。アウディの直列5気筒エンジンについては、今後の電動化の流れとアウディの独創性というブランド価値とのバランスが重要となる。