RAV4の存在が新型ハリアーを生み出すきっかけとなった
CHAPTER1 指揮官
【SUVを否定することで模索した「モノ価値・コト価値」の先にある新たな価値】
世界的なマーケットの拡大とともに、競争が激化の一途をたどるSUV市場。ここで勝ち抜くのは容易なことではない。そんな厳しい状況下にもかかわらず世界的な大ヒットとなったのが、2019年4月に国内デビューした5代目トヨタのRAV4だ。開発責任者を務めたのは佐伯禎一さん。この新型ハリアーの開発責任者でもある。
佐伯さんがRAV4の開発時に目指したのは、SUVの原点回帰だ。
「マーケットの拡大とともにお客さまの層も増え、求められる要素も多様化しました。その結果、乗用車ライクなSUVが増え、その本質が見えにくくなっていました。このままいくと、SUV本来の魅力がどんどん薄れ、ある日突然、SUV市場の縮小が始まってしまうのでは……。そんな危機感が、原点回帰を目指した理由のひとつでした」
そう語る佐伯さんは、その後も日本市場未導入の3列シートを持つSUV「ハイランダー」の開発責任者も担当して、SUVの本質的な魅力をとことん突き詰めるクルマづくりを行ってきた。
そして今回の新型ハリアーだ。驚くべきはRAV4、ハイランダーで捨て去った「乗用車ライク」な方向性を、むしろ積極的に取り入れ、ふたつのモデルとはまるで対極にあるクルマとして仕上げたことだ。
「じつはこの3つのモデルはひとつのシリーズとして構想していました。新型ハリアーがRAV4とはまったく正反対の方向性に振り切ることができたのは、RAV4があったからこそです」
実際、新型ハリアーの優雅で流麗なデザインは、もはやSUVというカテゴリーでくくるのが難しいと言えるほど。
「新型ハリアーをどんなクルマにするか。そこで自分に課したのは、ハリアーをSUVという軸で語るのをやめることでした。荷室やキャビンの広さ、四駆の性能といったSUVの軸で考えたら、RAV4との違いが曖昧になってしまう。もっと違った魅力、違った”味”をお客さまに提供するべきだと。そのためには思いっ切り振り切ることが必要だと考えたんです。RAV4とは真逆の発想です。つまり、乗用車ライクなSUVを突き詰めた先になにがあるかを模索したのが新型ハリアーなんです」
佐伯さんは長年にわたってSUVの開発に携わってきたエンジニアだ。SUVの軸で語らないクルマづくりは、いわば自己否定にも等しい。RAV4であれほどの成功を獲得しながら、その文法を捨て去って別の道を歩むというのは、極めて勇気のいる挑戦と言える。
「当初はまったくゴールが見えませんでした。とにかくとことん開発メンバーと議論し合う。そんなスタートだったんです。たとえば造形もそのひとつ。SUVを捨てた先にはどんな形があるのか。そこでデザイナーからクーペフォルムが提案されたんです。最初はぎょっとしました。SUVにクーペフォルムを? けれど、それを否定したら結局RAV4と同じ軸で考えることになってしまう。今までなら難しいだろうと却下していたところですが、今回は否定しなかった」
「すると今度はキャラクターラインや装飾性に頼らず、もっと大きな面でスポーツカーのような造形を作ろうという提案がされました。そこでまたぎょっとするわけです。けれどやはり否定したら終わりです。そんな繰り返しで、自分の価値観を否定しながら、新しい可能性を模索していったんです」
一歩一歩足もとを確かめながら、進むべき道を作っていくような開発。そんな困難な挑戦には、あるふたつのテーマがある。それは、モノ価値・コト価値のさらに先にある新しい価値の創出であり、そして日本のモノづくりを応援したいという、トヨタ全体のメッセージだ。じつはそのテーマの実現は、これまでになかった新しい価値をハリアーに与えることを目指したものでもある。
次章からは、佐伯さんとともに開発に携わったメンバーにも加わっていただき、開発現場を振り返りながら、そのテーマを紐解いていこう。