シミュレーターからという新しい道も可能
2017年についで今年もアメリカのインディ500で優勝した佐藤琢磨選手は僕の主宰する「中谷塾」の卒業生だった。1996年に彼と出会ったとき、彼はまだレーシングカートにも乗ったことがなくゼロスタートの状態だった。しかしF1パイロットになりたいという明確なビジョンをもっていて、僕がレースキャリアで得たすべての情報を教えてほしいと塾の門を叩いてきた。
多くのレースを経験しキャリアを重ねる時間は自分にはないから、と当時19歳の彼は焦っていた。なぜなら彼の年代のライバルは皆レーシングカートを幼少期から始めていて、すでに10年のキャリアを持つ選手ばかりだったからだ。そこで佐藤琢磨選手は中谷塾で知識を学び、SRS(鈴鹿レーシングスクール)で実践経験を積むというアプローチを選択したのだ。
それはとても効率的で頭のいい選択だった。先に中谷塾を受講した彼に「SRSで走って遅かったら諦めたほうがいい」とアドバイスした。早くあきらめがつけば、ほかのジャンルで新たな才能を発見するチャンスが生まれる。だらだらと勝てないレースを続け、無駄に危険を犯すリスクを回避できる。しかし、彼はSRSで誰よりも速かった。ときに講師よりも速かったと聞き、それならF1に乗っても速く走れるのは間違いないとお互いに確信したのだ。
レーシングカート→ジュニアフォーミュラ→国際フォーミュラ→F1というのが現代のエリートコース。もっとも早いケースでは17歳でF1に到達したケースもある(M・フェルスタッペン)。
ではツーリングカー乗りとしてプロレーサーを目指す道はないのだろうか。レーシングカートは本格的なものでなければ、キッズカートなど3〜4歳から始められるクラスがある。だがツーリングカー(いわゆる箱車)を運転するには運転免許が必要で、18歳以上でなければ始められない。サーキットなど占有しないかぎりレースライセンスの発給条件も一部をのぞき有効な運転免許を取得していることは必須だ。
そこで今注目されているのがSIM(シミュレーター)ゲーム。グランツーリスモなどのドライビングシミュレーターゲームでキャリアを積んで、18歳になったら実車でデビューする。そこで速さを証明できれば道が開ける。
フォーミュラカーのジャンルではグランツーリスモのワールドチャンピオンであるイゴール・フラガ(日本/ブラジル)がFIA F3に今年実践デビューした。今後ドリフト、ラリー、ツーリングカーの各ジャンルでSIMレーサーが登場するのではないかと期待されている。SIMなら年齢制限もないし、怪我したりマシンを壊すリスクもない。時間さえあれば多くのキャリアを積める。そんな環境の揃った現代は新しいスタイルのレーサーの登場が期待されているのだ。