いまのクルマでは「中谷シフト」の効果が出ない!
ベストモータリングのビデオでは常に中谷シフトしているように編集されたので、「あれじゃあミッションを壊しているようなものだ」という意見も多く寄せられたが「勝つ為にクルマの持つすべての性能を使い切る」というのがレースの基本。壊れたら直せばいいというのが持論だった。
逆に三菱スタリオンターボでグループA耐久レースを闘っていた時はノーマルのミッションを如何にもたせるか、ということに傾注し、ゆっくりスロットルを戻し、クラッチを奥深く踏み込み、シンクロを痛めないように力を抜いてゆっくりシフトする。レースである以上、ゴールまで走り切らなければ意味ないので丁寧に走る必要があったからだ。
のちに開発に加わりつつスーパー耐久レースにも参戦したランエボではレース距離で中谷シフトに耐える強度を求め、シンクロギヤをトリプルコーン〜ダブルコーンとして全段に装備させ、ギヤ表面をショット加工して剛性も高めたのだった。
F3やF3000といったフォーミュラカーにステップアップすると、また事情は変わる。こうしたレーシングカーのトランスミッションはシンクロ機構をもたずドグクラッチというギヤと一体式の機構を持っている。組み合わさるギアの表面に凹凸があり、半ば強制的に組み合わせる。そのため両ギヤの回転を合わせる必要があるが、レーシングカーのレスポンシブルなエンジンとクロスレシオで組めるギヤ配分によって回転数差を小さくし可能としている。
たとえば富士スピードウェイの直線で最高速を高めるために3→5速の高速側ギヤをクロス化するが、するとストレートで2回スロットルを緩めなければならない。それでは低速ギヤのクロス仕様で加速重視のライバルに差をつけられない。そこでスロットルを踏み込んだままクラッチだけを一瞬切り素早くシフトするミラージュ時代に仕込んだ中谷シフト技を使った。するとギヤは瞬時に切り替わりロスを最小限にすることができたのだ。
当時、僕のマシンのデータロガーを管理していた無限の根津エンジニア(1988年に無限F3エンジンでチャンピオンを取得した時の選任者がともにF3000にステップアップしていた)が中谷さんのデータは星野(一義)さんとまったく同じ! と教えてくれた。日本一速い男として一時代を築いた星野さんは当時も無敵の王者だ。その特徴はアクセルを一切戻す事無くギヤチェンジしていたことで、無限のエンジニアの間では「ホシフト」と呼ばれていたそうだ。
速さを追求して到達したマシンガンシフトと呼ばれた中谷シフト。じつは星野さんはもっと古い時代にその領域を実践していた。ただベストモータリングという動画メディアが中谷シフトを白日の下に晒すことで脚光を浴びさせていたのだ。
ただシーケンシャルトランスミッションが登場してからはすべてのレーシングドライバーがスロットル全開のままシフトできるようになった。現代のパドルシフトのレースカーも同様だ。一方、市販ロードカーのMTではノッキング対策によるリタード制御(コンピューターによる点火時期遅延制御でエンジンを保護するフェイルセーフ機能)作動でアクセル全開シフトはむしろパワーロスを引き起こす。電子スロットルペダルはたとえペダルを全開に踏み込んでいてもリンクとして繋がっていないので自動で必要な分スロットルバルブが閉じられてしまっている。中谷シフトによる貪欲なまでの速さを追求できるモデルは数少なくなってきているのだ。