「速すぎる」ために決勝レースは不出場! 「誰も知らない」中谷塾理論がアメリカをどよめかせた日 (2/2ページ)

予選で好位置につけるも大御所のアドバイスで決勝の走行は断念

 予選前夜、アタックに向けて「中谷塾理論」に則り多くのセッティング変更を申し出る。まずはサスペンション。スプリングが硬くバンプで跳ねてしまいロードホールディングが悪かったので、スプリングレートを10%ソフトに変更。併せてダンパーの微低速を強め、ガス圧は10kg平方メートル以下に。底付き対策のバンプストッパーとしてパッカーを入れ、スポンジ/シリコンの組み合わせ順まで指定した。

 これでロードホールディングが高まると想定。リヤウイングを30%レスとし直線スピードを稼ぐ。またネガティブキャンバーに秘伝のフロントトーインを指定し、ライドハイトを合わせてもらう。これらの作業も深夜までかかったが、見届けて宿に戻ったのだ。この大変な作業を見たワークスチームのアンディ・ウォレス(1986年マカオGP覇者)が「われわれもソフトサスを試したがうまく機能しなかったよ」と教えてくれた。しかし彼らはバンプストッパーとレスダウンフォースを盛り込んでいないのを聞き出し知っていた。

 そうして迎えた予選。本当はニュータイヤで路面がインプルーブされる終盤にアタックしたかったのだが、オーナーがどうしても先に乗りたいと言う。タイヤ特性の話をして何とか1ラップ計測の3周だけでピットに戻ってくるよう頼んだ。

 オーナーは1周してピットイン。不思議そうな表情で「なんかいいフィーリングだ」と。どうやら中谷塾セットアップが気に入ったようだった。そこで僕が乗り込みいよいよタイムアタックに向かう。何ラップしてもいいと言われたが「タイムが出るのはタイヤの初期グリップが生きている最初の1ラップだけだ」と言い伝えピットアップ。

 インラップでステアリングの手応えがシャープになっていることを確認。サスペンションもしなやかに動いていて路面ホールドが高まっている。最終コーナーを立ち上がり、集中力を高めてアタックに入った。高速コーナーでは1速高いギヤが使えるほど速度が増した。記録したタイムは練習時の4秒アップで総合7位。総合4位のワークスチーム・ウォレスとの差は僅かだった。この結果にオーナーは大喜びで、ウォレスもどんな魔法を使ったのかと再びピットに訪れてくるほどだった。

 だが、このストーリーはここから意外な方向に動き出す。ウォレスの次にピットに訪れて僕に声をかけてきたのはデイビット・シムス氏だった。かつてジム・クラークのチーフメカニックも務めたシムス氏は、レース界のレジェンドエンジニアだ。彼は僕にレースを走らない方がいいとアドバイスしてきたのだ。その理由は「このチームは君のような速さで走るマシンを管理できる体制ではない。クラッシュするのを見たくない」と案じてくれたのだ。

 じつは予選アタック後に左前輪がハブごとねじ切れる信じ難いアクシデントに合っていた。なんとかマシンをコントロールしクラッシュさせずに済んだが、それは序章に過ぎないという。僕はル・マン参戦を控えていて怪我をするわけにはいかない。結果、ル・マン参戦チームのオーナーによる決断で決勝を走らずセブリングを後にすることになったのだ。

 スクリーミング・イーグルのチームオーナーは「きっと急なF1のテストが入ったんだろう。君とレースをしたかったが喜んで送り出すよ」と気持ちよく見送ってくれた。彼らは3人でレースを走り見事完走しクラス7位に入賞した。中谷塾セットアップが大きな助けとなったようだ。このような出来事があったことは誰も知らない。

※写真はすべてイメージです


中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2024-2025日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
愛車
マツダCX-5 AWD
趣味
海外巡り
好きな有名人
クリント・イーストウッド、ニキ・ラウダ

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