トーインにすることで安定性が増しステアリングの応答性も向上!
さらに足まわりにも特殊なセットアップを施していた。前述の通り基本パーツの変更は不可とされていたので、ホイールアライメントに目をつけたのだ。サスペンションはトー角やキャンバー角など取り付け位置が決められている。停止状態の取り付け位置をイニシャル値といい、整備書などにメーカーの指定値が定められている。このなかでキャンバー角を調整するにはパーツを変更しなければならず不可。しかしトー角はネジを調整するだけで変更できる。しかもレギュレーションでトー角については触れられていない。そもそもトー角は自動車工学で「イニシャルトーアウト」を良しと定義していて、それを変更するなどという発想は誰も持っていなかった。
しかし、生産車ベースのワンメイク車を高速のサーキットで走らせると、とくにブレーキングの際に前輪のトー角が外側に開いてトーアウトを強め、ステアリングの応答性を著しく悪化させているのをドライバーとして感じ取った。トー角の設定強度はスクラブ値(タイヤ接地中心とキングピンの延長線が路面と接地する点の距離)が影響する。当時はネガティブスクラブ仕様が多く、これはブレーキ力でトー角をトーアウト方向に向ける力を生み出していた。そこでイニシャルのトー角を「イン」に強く設定することをメカニックに依頼し実践したのだ。当初メカニックは「そんなことは聞いた事がない」と渋ったが、簡単な作業で効果がなければ直ぐ戻せるからと頼み込んだのだ。結果はハードブレーキングで前輪のトー角安定性が増しステアリングの応答性も高まりレースで優勝した。
このセットアップはそれ以降、ネガティブスクラブの全てのレースカーで実践。グループAレースやF3000のフォーミュラカーでも同様だった。
今季F1でメルセデス・チームがDAS(デュアル・アクシス・ステアリング)と呼ばれるシステムを開発し実装してきた。これは前輪のトー角を電動で走行中に変更できる画期的なシステムだ。多くの関係者は直線でトー角をゼロにして転がり抵抗を減らして直線スピードを稼ぐためだと解説していたが、僕は直線でトーインを強めタイヤ温度を上げること、ターンイン時の応答性を高めることが主目的だと直感した。予選のウォームアップラップ時にDASを作動したシーンが多かったので間違いないだろう。
ワンメイクレースで学び、理論に基づいた中谷塾秘伝のセットップ理論がF1でも実践され証明されていることに誇りを感じた。