F1は軽自動車並の軽さの上に経年の耐久性を考えなくて済む
トルクよりもパワー重視のレーシングカーがエンストせずに発進できる理由の一つは、市販車はほぼアイドリング回転数から発進するのに対し、エンジン回転数を高め、トルクの小さい分をパワーで補う回転数でクラッチをつなぎ、発進しているという点がある。レースのスタートで、エンジンが唸りをあげるのはそのためだ。また、プロフェッショナルなレーシングドライバーの運転の技量の高さも関係するだろう。そのうえで、レーシングカーは車両重量が軽いので、トルクが必ずしも大きくなくても発進できる側面もある。
2020年のF1規則では、最低重量が746kgと定められている。これは既存の軽自動車ほどだ。たとえば、スズキ・アルトは610~700kgである。それに対し、NSXは1800kg、ポルシェ911カレラSは1590kgとなり、F1の2倍以上の重さになる。
クルマの燃費が発進の際にもっとも悪化するように、発進のときに一番エンジンの力が必要になる。車両重量の差がトルクの大小に関わって、アルトはわずか60N・mほどあれば発進できるが、NSXやポルシェは500N・m以上のトルクを出すエンジンを搭載している。もちろん発進の実用性だけでなく、スポーツカーとしてそのあとの強烈な発進をもたらすためでもある。
レーシングエンジンは、フランスで開かれるル・マン24時間レースでも走行距離は5000km前後だ。そうした限られた用途のなかで、最高速の高さを目標に開発されるので、ショートストロークでエンジン回転数を高めた設計になる。
市販車は、10万km以上ほぼ故障なしで走れなければならず、なおかつレーシングカーより重い車体を何度も発進・停止させ、エンストを起こさないで使えなければならないという、性能だけでない耐久性や実用性が求められる。したがって、スポーツカーのエンジンも実用的な乗用車に比べればショートストロークではあるが、ほぼスクェアに近く、ボアよりわずかにストロークの短い程度にとどまり、エンジン回転数を単に高めることを目的にはしていないのである。