守りに入るのではなく挑戦する……開発陣が新型トヨタRAV4に託した想いとは (2/3ページ)

チーム全員がひとつのゴールに向かうこと

 量販モデルではなく、強烈な個性を持つクルマを。そんな想いで造り上げられた新型RAV4では、数値による性能評価だけでなく、データに表れにくい「官能評価」を従来以上に重視した開発が行われた。

 そこに大きな貢献を果たしたのが、「技術開発の匠」の称号を授けられた性能づくりのための技能系トップたちだ。この「技術開発の匠」とは、開発における人材育成を牽引するために作られたトヨタ独自の制度のこと(以下「匠」と表記)。あくまでも社内の技能向上のための制度であるため、社外に向けて積極的に発信されることもなく、具体的な人数なども公表されていない。

 基本的には、開発プロジェクトがある程度進んだ段階に入ってから、車両の味付けなどの評価作業や、仕上がりレベルのさらなる引き上げに寄与するといったケースが多い。だが、新型RAV4では、コンセプトの立案という初期の段階から、3名の「匠」が参画し、プロジェクトの最後まで携わっている。

 その3名とは、車両全般・商品力の匠である佐藤 茂さん、操縦安定性・乗心地の匠、片山智之さん、そして駆動系・ドライバビリティの匠である佐藤浩喜さんだ。開発責任者の佐伯さんは、彼らとの出会いを次のように振り返る。

「トヨタには評価ドライバー育成のための運転教育制度があります。私もチーフエンジニアという立場で教育を受けたんですが、そのときに指導してくれたのが佐藤 茂だったんです。いろいろなサーキットで、走行時のGの立ち上がりや描き方、そのためのステアリングの滑らかな切り方など、さまざまなことを教えてもらいました。そこには将来を担う評価ドライバーたちもいて、私は彼らと一緒に教育を受けたんです。そこで感じたのは、彼らの感性のすごさです。カタログ数値に表れない『官能』に訴えかける部分について、素晴らしい感度を持っているんです」

 佐藤 茂さんが指導員を務める育成プログラムは、それから佐伯さんに対し3年にわたって続けられた。回を重ねるうち、ふたりはいつしか自分たちが造る理想のクルマ像について熱く語り合うようになっていた。

「佐藤 茂の言葉で印象的だったのは、トヨタのトップドライバーは必ずしもタイムを競い合うわけじゃないということ。走るうえで一番厳しい条件であるサーキットでも、いかに気持ちよく走らせることができるか。タイムを縮めること以上に、何度でも思った通りに、同じ操作、同じ軌跡で走れるクルマにすることが大切なんだと。そこで思ったんです。この考えを生かしたらどんなRAV4ができるんだろうと」

 それがきっかけとなり、佐伯さんは本来なら車種の担当はしない「匠」に、一緒に新型RAV4を造ってくれと頼みこんだ。佐藤 茂さん自身も、以前から考えていた理想のクルマづくりを実現する絶好の機会だったと振り返る。

「開発現場では数値をクリアすることが基準を満たすことになるわけですが、その基準を決めているのは機械ではなく人間です。その基準を引き上げていくためには、クルマの進化とともに官能も磨き上げていかなければなりません。とはいえ、官能評価とは物差しがない世界。デザインなら、スケッチや立体モデルによって伝えることができますが、官能評価はできあがった現物でしか伝える術がないんです。最初から最後まで新型車の開発に携わることができるなら、当初から高い目標を設定して、そこに向かったクルマづくりができます。できあがった現物によって、より高度な『官能』を示すことができれば、社内の基準を進化させることもできるはずです」

 本来なら、仕上げ部分の合格点を引き上げて、その過程を通じて人材の技術向上を図ることが多い「匠」が、3人も揃って車種担当さながらに関わるのはきわめてイレギュラーなこと。「無理を言って引っ張り込んだ」という3人の参加は、新型RAV4の開発に大きなアドバンテージをもたらすことになったと語る佐伯さん。

「私が開発メンバーたちにお願いしたのは、ひとりひとりが『クルマ屋』になってほしいということでした。現代のクルマは電動化や自動運転など、高度な機能が凄まじく増えているため、高い専門性が必要ですし、各エンジニアに担当が割り振られます。ですが、全員が一台のクルマというひとつのゴールに向かって行かなければ、どんな技術や機能があっても宝の持ち腐れになってしまいます。3人の『匠』はクルマ屋としてのクルマの造り方をすごくよくわかっていて、私の考えをしっかり実現する後押しにもなってくれたんです」

「匠」のひとりである片山さんが、ひとつの例を挙げてくれた。

「大きなくくり方をすると、操縦安定性は横Gの世界、そしてドライバビリティは前後Gの世界です。それぞれの担当領域ごとに味を磨いていくわけですが、両者それぞれが理想通りに仕上げても、一台のクルマとして合体させると、必ずしもベストにならない場合があるんです。理想はハンドリング(横G)を仕上げる前に加減速がスムースな前後Gをしっかり確立しておくことです。ふたつの領域を並行して進めることはそれぞれの熟成時間が長く取れるというメリットがありますが、たとえ自分の担当する横Gの熟成時間が短くなっても、先に前後Gを煮詰めておいたほうが絶対にいいクルマに仕上がるんです。クルマが高度になって専門性が高くなればなるほど、こうした順序に関する議論は少なくなりがちですが、新型RAV4では、自分が描いていた理想どおりに仕事を組み立てることができました」

 3人目の「匠」である佐藤浩喜さんも、今回の開発は自身にとっても大きなプラスだったと語る。

「乗りやすさや運転のしやすさという感性の領域は、グラフなど数値ではなかなか表せないものです。最近のトヨタの開発では、『Confident(安定・安心感)&Natural(自然・意図通り)』を感性性能のキーワードとして開発を進めていますが、これもまたグラフや数値では表しにくいものです。私の主たる領域は駆動系なんですが、キーワードを具現化するにはどんな機能がどんな役割を果たせばいいのか、いつもそう考えながら仕事に取り組んでいました。今回は制御やハードの開発に対し、初期段階から積極的に参画したことで、狙い通りの味付けもできましたし、私自身も大きく成長できたと自負しております」


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