RRを操るには特殊なテクニックが求められる
RRについて簡単に説明すると、エンジンをリヤアクスル(車軸)の後方に置き、トランスミッションはエンジンの前方に置かれる。重い重量物であるエンジン/トランスミッションが駆動輪の上に置かれるので大きな荷重が後輪にかかりトラクション性能が高まるというメリットがある。悪路や冬季の氷結路など路面整備が進んでいなかった時代の欧州ではトラクションの善し悪しは重要な課題だったのだ。
一方、ハンドリングに関してはメリットがない。リヤエンドに大きな慣性質量が置かれるのでコーナー入り口ではなかなか向きが変わらず、一旦ヨーが立ち上がって車体が旋回し始めると、リヤエンドがコーナー外側に振り出され安定性を損ないやすい。専門的にいうと「Z軸回りの慣性モーメントが大きく、スナップオーバーステアに陥りやすい」ということになる。
こうした運動特性を理解し、自在に操ることができるようになることが「ポルシェ乗り」あるいは「ポルシェ・マイスター」と呼ばれ崇められる元になっていくのだ。
RRレイアウトゆえポルシェ911はフロントが軽くリヤが重い。前後重量配分はよくても前40%後60%ほど。それを大パワーのエンジンで強力に加速させれば加速時の荷重バランスは前20%後80%にもなるだろう。
しかも後輪は大パワーを伝えつつ、荷重と横力の発生を負担するのでF1マシンのように前輪より太い。前輪は細くて軽く、後輪は重くて太いのだから、ただハンドルを切り込むだけではスムースに旋回姿勢に持ち込めないのは容易に想像できるだろう。
そこでポルシェ乗りの作法としてはコーナーアプローチで減速し荷重移動で前輪荷重を大きくかけ旋回をしやすくすることから始まり、リヤ荷重が抜けてリヤが流れ出してからはアクセルオンにして加速させることで、リヤ荷重を増やし旋回ヨーを収束させる、といった運転テクニックが必要になってくる。
言葉で言えば簡単に聞こえるが、これをポルシェ911の動力性能が発揮される超高速域で行わなければならないのだから相当の習熟度が求められるわけだ。コースや速度に慣れ、911らしいスナップオーバーステアを試せるスキルに達した者だけがチャレンジすることを許される特殊技能領域といえる。ポルシェ社にはそうした技能を持ち合わせた熟練のマイスター級テストドライバーが多勢おり、いつの時代も彼らが911の乗り味を決定してきていた。
近年、スポーツカーはますますハイパワー化され500馬力ものパワーを発揮するエンジンが搭載されるのは当たり前のような時代になった。ライバル車はMR(ミドシップエンジン・リヤドライブ)やAWD(全輪駆動)を採用し、レーシングカーのようなメカニズムやパッケージングを取り入れてきている。
そんななかにあっても911がRRであり続けられるのは奇跡ともいえる。そこには長年蓄えてきたRRの実績とデータがあり、911を911足らしめるためRRであることにこだわり続けるエンジニア魂が込められている。その熱い想いはサプライヤーチェーンにも及び電子制御やサスペンションシステムなど911がRRであり続けられるために情熱を注ぎ込む無数の支持者(エンスージアスト)の存在があるのだ。