部品精度の問題でRRにせざるを得なかった事例も
3)日野コンテッサ
今ではトラック・バスの専業メーカーだが、日野が乗用車を作っていた時代があったのはご存知だろう。そのなかでも代表的だったのが、コンテッサだ。ミケロッティデザインの優雅なセダンで、一般的な形のボンネットが付いていたが、じつはRRだった。
4)日野ルノー 4CV
日本の自動車メーカーが技術レベルが低かった時代に行われたのが、ノックダウンという手法。要はライセンス生産なのだが、日野はルノーと提携して4CVというリヤエンジン車を作っていた。1950年代前後のヨーロッパではRRが大衆車ではRRが主流で、4CVもその流れを組んでいた。ちなみに1963年まで生産され、最後の頃は日野の技術が上がり、ルノーオリジナル部分はほとんどなくなってしまったほど。
(取材協力:JCCA NYM2016)
5)360ccの軽自動車たち
スバル360やその後継のR2、そしてスズキのフロンテやマツダのキャロル、360クーペなど往年の軽自動車に多く採用された。理由は限られたサイズでパッケージングを稼ぐということもあったが、FFに欠かせないドライブシャフトの等速ジョイントの性能がよくなかったことからRRにせざるを得なかったという事情のほうが大きいだろう。ホンダのN360はFFだったが、フロントのドライブシャフトの耐久性については割り切っていた。(写真はスバルR-2)