ガソリンエンジンのような気持ちよい吹き上がりを見せる
「メルセデス・ベンツS400d」がデビューするという噂を耳にして、思わずカフェの椅子から腰を浮かしかけた。
「マジかよ!」
噂の元になった記事を二度読みして、あらために口をついて出たのがこの言葉だ。僕が口にした「マジかよ」にはふたつの意味が含まれる。
ひとつは、欧州の(とくにドイツの)致命的なディーゼル離れが進むこの時期に、メルセデスがディーゼルエンジンモデルを投入したことの驚きである。
数年前は、ディーゼルエンジンこそ環境悪化が進む地球の救世主だと、イエスキリストを崇めるかのようにもてはやした。だというのに、VWのデータ改ざん問題を機に、コロリと手のひらを返した。あれほど崇拝したディーゼルを悪の権現だとこきおろす。環境悪化が著しい主要都市への乗り入れを禁止し、ディーゼルに対しての重税化が進む。それなのに、ドイツプレミアムの勇であるメルセデスが、ディーゼルを投入したのだから腰も浮くというものだ。
もうひとつの「マジかよ」は、あの「S300h」の再来を思わせることの歓迎だ。
2015年に日本デビューした「S300h」は、話題の中心になった。直列4気筒2.2リッタークリーンディーゼルエンジンをハイブリッド化することで、驚異的な燃費を誇ったのだ。メルセデス・ベンツ日本が仕掛けたプロモーションがイカシテいた。鹿児島から東京までの1540kmを無給油で走破してみせたのだ。
その頃の僕も実際に「S300h」のステアリングを握り、それが真実なのかを検証すべくロングドライブを敢行。それが嘘でもまやかしでもないことを確認している。そればかりか、ドライバビリティに優れ、環境車としてだけでなく、ドライバーズカーとしての資質の高さにも驚いたのである。
だがそのS300hはも2017年に静かに身を引くようにカタログから抜け落ちていた。その理由は定かではないのだが、関係者がしどろもどろに回答する様子から、大人の事情によるものなのだろうと想像する。それが、ハイブリッドではないとしても、面影を漂わせての誕生に頬が緩んだのである。
というふたつの「マジかよ」を思い出しながらの今回の「S400d」のドライブである。
「S400d」は、直列6気筒3リッターディーゼルターボを搭載する。最高出力340馬力、最大トルク700Nmを発揮する。エンジン本体は「M256」型と名付けられ、シリンダーブロックは軽量なオールアルミ製であり、ピストンのみをスチールとする特異なマテリアルバランスである。素材を変えたことはデメリットではなく、熱膨張の違いを利用することでフリクション低減を狙ったのだと資料には紹介されていた。
いやはやこの「S400d」、絶品である。外ではカラカラとしたディーゼル特有の乾いたノイズが耳に届くのだが、遮音性が驚くほど高いようで、乗り込んでしまえばディーゼル感覚はない。しかも驚きは、負のディーゼル感覚が薄いことよりも、直列6気筒ならではの整った回転フィールが強調されていることなのだ。滑らかなのである。
じつはかつてロングドライブをした「S300h」には感動したものの、唯一のがっかりは直列4気筒のガサツな感覚だった。その圧倒的な燃費と動力性能には驚かされたが、フィーリングだけは好みでなかったのだ。だが「S400d」は、その雑味がないのだからおそれいる。
しかも、回して気持ちいいのである。最大トルクを発生するのは1200rpmからである。ほとんど動き出した瞬間に最大トルクに到達するから、市街地から首都高速をながすようなシチュエーションで力強い。だからエンジンをブンブンと回す必要性がない。
ただ、メルセデス・ベンツ日本の担当者が盛んに進めるから、騙されたと思って床までスロットルペダルを踏み込んでみると、たしかに回転計の針の上昇がスムースなことに驚かされたのだ。
Sクラスでワインディングを飛ばす気にはなれないし、そもそもそんなスタイルのクルマではない。だから必要がないと言ってしまえばないのだが、それでもディーゼルのネガティブな要素である振動とノイズと、回転フィールが整っていたことは歓迎したい。
「S400d」が生まれたのは、ふたつの「マジかよ」のうちのひとつめの「なぜ今この時代にディーゼルなのか」の答えなのかもしれないといま思う。行政がディーゼルを悪者扱いすることへの新たな提言なのかとも思った。ディーゼルの可能性をアピールするため。それが目的だったのかと勝手に想像してみた。