カッコいいクルマを定義づけたスーパーカーたち
1970年代後半、当時、多くの男の子たちを熱狂させたスーパーカーブーム。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、この頃、スーパーカーの洗礼を受けた少年たちはオジサンになっても、カッコいい=カウンタック、速い=ターボ(ポルシェ930ターボ)、コーナリングマシン=ミッドシップという方程式が刷り込まれていた。
そんな原体験を作り上げた代表的な車種をあらためて紹介する。
1)ランボルギーニ・カウンタック
スーパーカーの王者といえる一台は何かと問われたら、やはりカウンタックしかないだろう。
ノーズからフロントガラスまでがほぼ一直線。全高は1070mmしかなく、地面にしゃがんだ大人よりも低い。サイドウインドは思いっきり傾斜角がついていて、極めつけはあのガルウイング……。マルチェロ・ガンディーニのデザインしたスタイリングは、クルマというより宇宙船に近かった。
しかも、2450mmのホイールベースにレーシングカーのようなV12気筒エンジンを縦置きに搭載。ミッションをエンジンより前に突き出させ重量物をとことん中心に集めている。手の込んだマルチ・スペースフレームのシャシーは非常に剛性が高く、最高速度300km/hと称されていたが、じつはコーナーリングマシンだった(LP400の最高速は、実測で260km/h程度)。
自宅のクルマがサニーやカローラだったガキンチョにも、ウェッジシェイプボディの問答無用のカッコよさと12気筒ってすごい、と納得させたカウンタック。プラモデル、ラジコン、ミニカー、写真、全部の主役がカウンタックだった。
2)ポルシェ911ターボ(タイプ930)
子どもというのは、必殺技にあこがれるもの。あるいは呪文といってもいい。スーパーカーでそこに当てはまるのは、なんといっても「ターボ」に尽きる。ただでさえレーシング指向の911に、ターボチャージャーなんて取り付けた日には、鬼に金棒。イタリアンスーパーカーだって、道を譲らざるを得ない。
あの当時で、ゼロヨン12秒台、最高速250km/h以上というのは、まさにモンスター。おまけにグループ4レースを意識して無理やり装着したオーバーフェンダー、リヤスポイラー、ワイドタイヤという暴力的な手法が、これまた革命的だった。
ターボという最高のドーピングをものにしたポルシェは、934、935、936などでレース界を席巻。「ポルシェ+ターボ=最強」の図式が刷り込まれ、それが遠因で日本は世界有数のターボ好きのターボ車生産国になっていく。
3)ランチア・ストラトス
「成層圏」という意味のネーミングを与えられたストラトスは、「頂点を切り取った円錐形」をイメージしたキャビンの、ベルトーネ時代のガンディーニの傑作ボディと、「サーキットの狼」での活躍もあり、数あるスーパーカーのなかでも人気の一台。
一方でスーパーカーのなかでもっともモータースポーツに特化した一台で、1974~1976年まで、3年連続でWRCのメイクスタイトルもモノにしている。
勝因は、のちにフェラーリのF1チームを率いることになる、ランチアのプログラムディレクターも務めた闘将チェザーレ・フィオリオ氏だ。フィオリオ氏はWRC規定を裏読みし、ラリーのためのスペシャルカーを年間400台以上生産し、それを公認させるというアイディアを思いつき、車重1000kg以下、横置きミッドシップエンジンでZ軸まわりのヨーモーメントを最小化、全長3900mm以下で低重心の視界良好といった条件に合わせて理想的な形を実現した。
アリタリアカラーのラリーカーもカッコよかったが、シルエットフォーミュラのストラトスのカッコよさも格別。スーパーカー消しゴムでも大人気だった。