全体で見るとビートかカプチーノだが……
「ABCは知ってても それだけじゃ困ります」。むかしこういう歌詞の英語教室のCMがあったのだが、1990年代初頭にクルマ業界でABCといえば、3台の世界最小軽自動車の本格スポーツカーのことだった。
ABCの「A」とは、マツダAZ-1、「B」とはホンダ・ビート、「C」はスズキ・カプチーノのことだ。
1)ホンダ・ビート
デビューが一番早かったのは、ホンダ・ビートで1991年5月に登場。世界初のフルオープンモノコックボディのミッドシップスポーツ。ピニンファリーナが関わったとされるボディスタイルの評判が高く、軽自動車で初めて四輪ディスクブレーキを採用した。
ホンダらしくエンジンはNAにこだわり、直列3気筒のエンジンに3連独立スロットルを与えて、フィーリングとレスポンスを重視。パワーも軽自動車の自主規制上限の64馬力まで持ってきたのは立派。レブリミットは8400回転で、レッドゾーンまで使い切って走る爽快感は他車にはない魅力。
車重は760kgと軽量で、ミッドシップということもありフロント周りがとくに軽いのが印象的だった。四輪独立のストラットサスもよくできていて、軽快でオン・ザ・レールのコーナリングが楽しめる。
この優れたシャシーと、パワーはともかくトルクに欠けるエンジンで、コーナリングで破綻するような気配はほとんどない。
それをよくできたクルマととるか、ワクワク・ドキドキ感が乏しいととるかで、このクルマの評価が分かれるところだ。エンジンもNAのフィーリングを好む人にはいいが、もっとパンチが欲しいという人には物足りない。
中古車相場では、60万円がひとつの目安といえる。タマ数も少なくなく、補修部品を無慈悲に製造廃止にすることで知られるホンダにもかかわらず、このビートは他車に先駆け、一部純正部品の生産を再開し始めたのは、うれしいニュース。
S660が登場しても、ビートが好きという人も多く、トラブルも一通り修復済みという個体が多いので、自分のペースでワインディングを楽しみたいという人には、楽しい一台になるだろう。(総生産台数3万3892台)
2)スズキ・カプチーノ
続いてスズキ・カプチーノ。ビートと同じく1991年デビューだが、こちらは11月の登場。じつはスズキの乗用車では初のFR車で、渾身の力作だった。
ライバルのビート、AZ-1がミッドシップだったのに対し、FRだったカプチーノだが限られた軽の枠組みのなかで、思い切ったロングノーズボディにすることで、前後重量配分がフロント51:リヤ49というフロントミッドシップというパッケージを実現した
ほかの二台と違って、エンジンを縦置きにすることで、サスペンションの自由度が確保でき、軽自動車では初の四輪ダブルウイッシュボーンサスを採用。エンジンは軽自動車最強の、アルトワークスの直列3気筒DOHCターボを流用し、車重はビートより軽い700kg! 動力性能は軽としてはピカイチだ。
オプションでABSやトルセンLSDがあった点もポイントが高い。シャシーとエンジンパワーのバランスがよくとれていて、操縦性が高いのがカプチーノの魅力。軽スポーツカーには、やはりターボが欲しいという人には、ビートよりカプチーノのほうが楽しく感じることだろう。
スタイリングは好みが分かれるところだが、もう少しトレッドを広げるか(軽の枠ではなくなるが……)、ボディ全体をペタンコにして、ミニ・ダッジバイパーみたいなデザインだったら、もっとよかったのだが……。
生産台数は、2万6583台。中古車相場の平均は75万円ぐらい。補修パーツも、細かい部品はともかく、主要パーツはまだそれほど困っているという話は聞かない。社外パーツもわりと豊富だが、ターボ車だけにメンテナンスは必要だ。
3)マツダAZ-1
最後はマツダのAZ-1。1992年の10月発売なので、3台のなかでは一番後発。ただし1989年の東京モーターショーに参考出展されたAZ550 Sportsがベースになっている。
ガルウイングドアにミッドシップ、カプチーノと同じアルトワークスの直列3気筒ターボエンジンを搭載。車重720kgで、小さなスーパーカーと呼ぶにふさわしい一台だった。
俊敏性は素晴らしいが、ある意味スタビリティは犠牲になっていて、いわゆる操縦安定性に関しては、操縦性◎、安定性×といった特殊なクルマ。
ビートとカプチーノが、オープンカーだったのに対し、AZ-1はグラスキャノピーデザインのガルウイング車。走りも含め、エキサイティングで過激さを求めるならAZ-1が一番なのだが、現役時代は三車のなかで圧倒的に人気が薄く、生産台数はたったの4392台……。一番最後の登場でありながら1995年12月……3台のなかではもっとも短命な3年間で生産中止になってしまった。
当然中古車も貴重で、相場は150万円前後とかなり高価。パーツ供給も厳しくなってきていて、エンジン関係などスズキ製のパーツは何とかなるが、AZ-1専用部品はピンチ状態。
ミッドシップ×700kg代の軽自動車で、ちょっと危険なにおいがする“スポーツ”を楽しみたいという人には、AZ-1が一番だったが、これから先の維持管理は大変かもしれない。
結局のところ一番楽しいのは、まず、ターボかNAで好みが分かれ、オープンボディかクローズドのガルウイングかでも好みが分かれる。もちろんメーカーへの思い入れもあるだろうが、より完成度や質感を重視すればビート。エキサイティングなエンターテイメント性、趣味性、希少性ならAZ-1。両者の中間で、速さと操縦性の両立という意味では、カプチーノと考えるのが妥当だろう。