「できないかも」ではなく「どうやればできるのか」
明確化が進むにつれて、デザインチームのなかでもデザインの熟成や新しい表現へのトライが加速。また、ほかの部署との自発的な共創体制も生まれていった。その成果はデザインにしっかりと表れている。
たとえば、サイドビューのドアハンドルを貫いて前後に描かれたキャラクターライン。エッジが尖っていることでラインは非常にシャープな印象となり、上質感を醸し出している。このプレスラインのシャープなラインは、コンパクトクラスではほとんど見られない小さなもの。これほどシャープなラインがなかなか実現できないのは、部品を型から抜くときに「線ズレ」という品質不良が起こりやすいことが理由のひとつにある。
「生産サイドから実現不可能と言われてもおかしくないレベルのエッジです。ですが今回は生産サイドがシャープなラインの重要性を理解して、フェンダーやドア、フードなど、各部の試作型を率先して何度も作ってくれたんです。こんなに何度も作るのは異例のことです。できないかも、ではなく、どうやればできるか。そんな意志が開発の現場全体に満ちていた気がします」(岡本さん)
シャープなラインやきわめて滑らかに仕上げられた面質は、クレイモデラーの力がなければ成立しなかっただろう。とりわけボディサイドからホイールのフレアにかけた抑揚はとくに美しい仕上がりだが、それはクレイモデラーである中尾成良さんの努力なしには成し得なかった部分といえる。
「何十回、何百回と削り直しました。最後は1mm以下の調整量で面の張りを作っていったんです」(中尾さん)
異例なことはほかにいくつもあった。エクステリアを担当した後藤 淳さんがそのひとつを語る。
「新型エクリプス クロスでは、ボディサイドのシャープなラインに合わせて新しいドアハンドルをデザインしたんです。ふつうはキャラクターラインをどんなにシャープにしても、ドアハンドルがその勢いを削いでしまうんですが、今回はドアハンドルの基本面をラインのエッジと同じように下に向けたデザインとすることで、ラインのシャープな勢いを損なうことなく、さらにフロントからリヤまでスパーッと通るシャドー面も実現しています」
「しかも下に向けたことで、極寒地などで分厚い手袋をしたままでも手が入りやすいなど操作性も向上しています。もともとドアハンドルは他車種と共用することが多い部品で、新規車種立ち上げと同時にデザインするというのはレアケースです。そのうえ、かなりたくさんの試作もしました」(後藤さん)
「インドネシアで生産されているエクスパンダーも新デザイン戦略に基づいて作られたクルマですが、エクリプス クロスでデザインしたドアハンドルはあちらでも採用されています。デザインアイデンティティに一貫性があれば、デザイン的に流用もしやすく、コストメリットもあり、しかも個性も引き出せる。これも新デザイン戦略のひとつなんです」(吉峰さん)