操る楽しさに加えて安定感をプラスした無敵の存在
BMWのハイパフォーマンスモデル「M5」に乗り、クルマを判断する基準や価値観がまた大幅に書き換えられた。
振り返れば、それ以前に同様のインパクトを発したモデルは、2年前のテスラモデルSのハイパフォーマンスモデルであるP100Dだろうか。停止時から時速100kmまで2.7秒の加速は、日産GT-Rなどロケットスタートを得意とするクルマを前にしても、光り輝くモノだったから。やはりこれからは狙ったトルクを瞬間的に発生できる電動モーターの時代であり、回転上昇を待ってトルクを発生するエンジンの時代はいずれ終わると考え出していた。
しかし、このM5に乗ると「待ったッ!」と強く言いたい。瞬間移動という表現は過剰に思うだろうが、そのくらい速度コントロールが意のままだし、速い。いや速すぎるのだ。もちろんこのモデル以上に速く走れるクルマは多く存在する。しかし大人4人が快適にゆったり移動でき、荷物も不自由なく詰めて、ラグジュアリーの世界を謳歌できるような雰囲気を漂わせながら、その気になったら速さを優先して作りあげたモデル達のあとを十分に追える速さを発揮する。そのギャップで考えたら世界一ではないだろうか。
しかも乗り味にコツコツ感があるとか、エンジン音が絶えず耳に存在感を示すべく入ってくる、またハンドルの手応えから過剰なまでのインフォメーションがあるなど、速いことを絶えず臭わせるそぶりはない。拍子抜けするほどそのような速さへの扉をひた隠しにしながら、ドライバーの意思を汲み取り、必要な分だけパフォーマンスの扉をあけて非日常に連れていく。ドライバーがサーキットドライブのタイムアタックまで求めたら、そこまでの性能を開花させる扉さえも持っており、このギャップの大きさ、完成度の高さに完全にノックアウトされた。
さて、欲しいと思ってしまったモデルのリポートは、独断と偏見色が強くなると思うが、お付き合いいただけたら幸いだ。
今回のM5、なぜそこまで変わったのか。もっとも影響しているのは、最大出力600馬力(441kW)・最大トルク750N・mを発揮するV型8気筒ツインターボのエンジンの存在はもちろんのこと、その力を余すことなく路面に伝える専用の4輪駆動(4WD)システム「MxDrive」の存在が挙げられる。
なぜならMのエンジンとしてはもう少し高回転の伸びが欲しいと思うが、2000回転付近からの圧倒的な低回転トルクが、激しい力で安定感を保ちつつ車体を前に押し出す。ちなみに以前のリヤタイヤだけの駆動では、この加速の質は得られないもので、BMWを乗り継いできた方であるほどに、その加速特性には圧倒されるはずだ。
しかも、以前のFRではリヤタイヤがグイッと押し出す動きに合わせてフロントがサスが伸びるが、4輪駆動になったことでフル加速時のフロントサスの伸びが穏やかになり姿勢変化が抑えられ、結果として目線移動が少なくなり精神的な落ち着きやゆとりも与えるのだろう。V8ターボと4WDは、穏やかに、速くという、ラグジュアリースーパースポーツの世界をM5に与えたと言える。
このような話を聞くと、直線番長的なイメージを与えるかもしれない。だがじつはここからがM5の凄さだ。カーブへの進入では、ほとんどの駆動力がリヤに振られることで、FR車になったかのような、ハンドル操作に対する素直な気持ち良い手応えと曲がり方をする。旋回中は整った前後重量バランスと適宜前後の駆動力を調整する味付けで、路面を舐めるように綺麗に旋回。加速時には、リヤが押し出すだけでなくフロントのタイヤが車体を効果的に引っ張っていくことで、FRだとハンドル切りながら加速するとさらにロールが増えそうだが、ロールが減るかのような動きとともに加速してくれるのが気持ち良いし、新鮮だし、安心できる。
もちろんこの背後には、的確に路面を捕まえ続ける電子制御による足まわりの動きがある。とくに車体を“あおる”ような浮き上がる動きを最小限に収める伸びのコントロールが見事で、前述した前後駆動力コントロールの効果も最大限にでるし、快適だし、速いし、安心できる。
さらに軽量化と低重心化もM5の走りを語る上で欠かせない。とくにルーフをカーボンにしている効果だろう、見た目は通常のセダンであるが、その動きはより全高が低いクーペを思わせるものだ。
そして極め付けの魅力が、独自の4輪駆動システム、MxDrive。モード選択により、フロント駆動力を落とした4WD Sport、そしてフロント駆動を完全に無くす2WD(FR)に任意設定できるのだ。正直に言えば、通常の4輪駆動モードは、圧倒的に速いし安定しているし快適なのだが、安定感がありすぎて操っている感覚が少ないなど気持ちよさや楽しさが少ない。しかし、4WDスポーツや、特に2WDにすると、歓喜の声をあげたくなるほど、気持ち良い。
そこにもギャップが影響するのかもしれないが、4WDの安定感を普段体感できる上で2WDになるから、その差を明確に、存分に楽しめるのだろう。新型M5の2WDでの楽しさや気持ち良さは、歴代のM5のそれを軽く超える。実際、本誌筑波サーキットアタックでそれぞれを試したが、楽しいのは2WD。そこから楽しさと相反して、4WDスポーツ、4WDと、速さと安定感が増していく。
最後に、これだけの内容を持つクルマが、冒頭にも申したがお気軽にガジュアルに使える。高度運転支援装置もMモデルとして初めて採用されたし、トランスミッションはスポーツやスポーツ+モードではツインクラッチ式のように歯切れよく変速するが、その中身は8速ATなのでとてもスムースで滑らかで扱いやすく仕上がっている。
唯一、車両価格1703万円が悩ましいが、ハイパフォーマンスカーに興味ある方全員に紹介したいほど非常に魅力的なモデルだ。