スーパーチャージャーの常識を覆す高回転まで伸びるエンジン
4月5日の早朝、僕は箱根ターンパイクに向かった。この日のために、登録ナンバーを取得したばかりの「トヨタ ヴィッツGRMN」の、業界初のバージンドライブをするためである。
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気分は高揚していた。いや、ちょっと腰が引けていたというのが正解かもしれない。
というのも、ヴィッツGRMNに関しての情報はすでに得ており、スーパーチャージャーで武装した直列4気筒DOHC1.8リッターエンジンは200馬力超を炸裂すると聞いていたし、だというのに駆動方式は前輪だけだとも。
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そもそも2016年にデビューを果たしている86GRMNは、僕もメンバーに加わったニュル24時間参戦マシンと同水準の過激さだった。GRMNはGRブランドの頂点に立つ存在であり、86GRMNの血を引いているとすれば、舌先が火傷しそうな超激辛FFホットハッチなのであろうと想像するのが道理である。
しかも、その日の箱根は霧が立ち込めており、不気味な雰囲気が漂っていた。路面はしっとりと濡れていた。そんな日に激辛韋駄天マシンを走らせるのだ。僕が気後れしたとしても許されるだろう。
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ただし、僕を待っていたヴィッツGRMNは、野獣のような獰猛な牙を隠した、正統派の佇まいだった。心の霧が一気に晴れたのである。
走りにも常識的な筋が通っていた。エンジンは低回転から絶大なトルクが湧き上がる。排気量が1.8リッターもあるから、そもそも低回転域からモリモリと力がみなぎる。さらに低回転域トルク自慢のスーパーチャージャーが加勢するのだから不満があろうはずがない。
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レスポンスはカミソリのように切れ味が良い。右足の1mmがパワーの1馬力として濁りなく反応する。コーナリング中、アクセルペダルに触れている右足が震えるたびに、エンジンパワーが上下動するといった具合である。同時に挙動が小刻みに反応した。
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印象的だったのは、回転計の針の上昇に比例して、パワーが積み上がっていくことだ。低回転トルクで背中を押されたのち、3500rpmでパワーが嵩上げされる。さらに5000rpmでもう一段、階段をひとつ飛ばしで駆け上ったかのように頂点を目指すのだ。
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さらにそのままの抜け感のまま、7000rpm付近でリミッターに頭を叩かれ我にかえる。スーパーチャージャーは伸びがなく高揚しないという定説は覆されたのである。
後からエンジンスペックを確認すると、212馬力の最高出力は6800rpmで発揮し、250N・mの最大トルクも、5000rpmという、驚くほど高回転で炸裂することを知った。なるほど、低回転トルクとレスポンスをスーパーチャージャーに求めながら、回すことの喜びをも失っていなかったのである。
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さらに感動的だったのはその操縦性だ。最高出力212馬力と250N・mの最大トルクを205/45R17のタイヤに不用意に叩き付ければ、強烈なトルクステアに見舞われ、手に負えない超アンダーステアに陥ると想像するのが一般的だ。だがヴィッツGRMNは、ハイパワーFFにありがちな悪癖がまったく顔を出さないのだ。
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トルセンLSDの調律が正しく行われている。だからコーナリング中のアクセルオンでも、ノーズがはらむどころかむしろインに切れ込もうとするかのごとくアクションで、終始ニュートラルステアを維持してくれたのだ。
このまま永遠に速度を上げていっても、物理の法則を無視して曲がり切ってしまうのではないかと錯覚するほど旋回速度は高く、操縦性が整っているのである。
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コーナリング中にあえて舵角を一定に保ち、アクセルコントロールだけでラインとを整えることも可能だった。アクセルだけで旋回する。そんなFRでしか遊べないと思っていたアクションが楽しめるなど初めての経験かもしれない。
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じつはそうなる予感は、発進した瞬間から得ていたことを白状しよう。
というのも、ザックスのダンパーは、路面の凹凸を拾っても不快に上下動しないのだ。旋回初期でも、スッと外輪がわずかに沈む。不快なロール感はまったくないのに、サスペンションがしなやかに動いてくれていた。
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こんな上質な走りを形にした開発陣が、極悪アンダーステアに妥協するなど想像がつかなかったのである。
もっとも言えば、試乗のために訪れた箱根のパーキングには、開発リーダーの佐々木氏と、GRマスタードライバーの勝又氏がやってきてくれていた。御仁とは古くからの付き合いであり、ニュルブルクリンク24時間参戦マシンの開発を共にした間柄である。
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佐々木氏がニュルブルクリンクに精通しているのは明らかだったし、勝又氏も同様に、ニュルブルクリンクの路面を知り尽くしている。重ねて言えば、ヴィッツGRMNは、飽きるほどニュルブルクリンクを走り込み熟成してきたというのだ。
そんな2人が作り上げたマシンが、極悪アンダーステアを容認するはずもなかったし、外乱に乱されるマシンで満足できるわけもなかった。そう、2人と再会し、握手をした瞬間にヴィッツGRMNの走りが整っているであろうことに薄々気が付いていたのである。
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2人の漫才のような会話が微笑ましい。
「ニュルブルクリンクを徹底的に走り込みました。勝又さんがノルドシュライフェに走りに行くと、なかなかも戻ってこないんですよ」
「だって、あまりに楽しいから、もう一周いっちゃおうかなって……」
その屈託のない笑顔は、ヴッィツGRMNが高いスタビリティを備え、躍動感あるエンジン特性であることを物語っている。
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パワーは加速度的に盛り上がり、サスペンションは横Gに対して無駄に抗うのではなく、路面からの反力を殉難に受け止め、足腰の関節をしなやかに可動させながらいなす味付けは、徹底してニュルブルクリンクを走り込んだ成果に違いない。
朝は路面が濡れていることを、すっかり忘れて走り込んでしまった。