圧倒的な室内の広さという実用性を伴うサプライズが鍵
日本車の売れ行きをカテゴリー別に見ると、もっとも販売比率が高いのは軽自動車だ。今は新車として売られるクルマの約35%が軽自動車になり、新型車の発売タイミングなどによっては40%近くに達する。
過去を振り返ると、かつて軽自動車の比率は20〜25%だった。それが1998年に軽自動車の規格が一新され、今日と同じボディサイズ(全長が3400mm/全幅は1480mm)になって販売比率が約30%に拡大した。そして2006年には35%に達している。
軽自動車の比率が増えた背景には、いろいろな理由がある。まず軽自動車の質が高まったことだ。1998年の規格一新では全長が100mm、全幅が80mm拡大された。サイズの枠を拡大した理由は、衝突時の乗員保護性能を高めることだったが、各軽自動車ともに居住空間を広げている。内装も上質になり、軽自動車の魅力が増して売れ行きも伸びた。
その一方で小型/普通車の低迷もある。安全&快適装備、低燃費技術が進化したのは良いことだが、価格も高まって小さなクルマに乗り替えるユーザーが増えた。これが軽自動車の増加と小型/普通車の減少に発展していく。
年収の伸び悩みもある。クルマの価格が高まるのに、サラリーマンの平均年収は1997年頃をピークに下降を続けている。近年では上昇傾向も見られるが、20年前の水準には戻っていない。多くのユーザーが安いクルマに乗り替えるのは当然だ。
2009年にリーマンショックが深刻化したあとは、コンパクトカーを中心に内外装の質感、遮音性能などが悪化した事情もある。対する軽自動車は競争が激しくて質を下げられない。その結果、軽自動車がコンパクトカーよりも上質になり、ダイハツは現行パッソ&ブーンの報道資料の中で「軽で培ってきたノウハウを小型車に展開する」と述べている。小型車の質の低下に落胆して、軽自動車を買うユーザーも増えた。
このほか軽自動車は薄利多売の商品で量産効果が重要だから、メーカーは組立工場の稼働率を下げたくない。ダイハツとスズキの販売合戦も過熱した結果、大量生産で生み出された在庫車が販売会社によって届け出され、中古車市場に放出される未使用中古車が増えた。
そうなると普通に使われた中古車の価格が下がり、軽自動車の下取り額まで安くなってしまう。ユーザーの損失に繋がるから業界では自粛すべき行為とされるが、軽自動車ではこれが横行した。自社届け出の台数も販売台数に計上されるため、とくに活発に行われた2014年には、軽自動車の販売比率が41%に達した。統計上は新車として売られたクルマの10台中4台以上が軽自動車になり、この影響で2015年には、軽自動車の売れ行きが16.6%も急落している。
2000年代の前半まで、軽自動車の売れ筋は全高が1550〜1700mmのワゴンR/ムーヴ/ライフ/eKワゴンなどであった。
ところが2007年にタントが2代目になって人気を高め、さらに2011年に初代(先代)N-BOXが加わると流れが変わった。全高が1700〜1800mmで、後席側のドアをスライド式にする背の高い車種が売れ筋になった。今は軽自動車の約40%をこのタイプが占める。
とくに注目されるのがN-BOXの高人気だ。2011年に発売され、軽自動車における販売順位は2012年は2位だったが(1位はミライース+ミラココア+ミラ)、2013年は1位になった。2014年は2位(1位はタント)だが、2015年/2016年/2017年は1位だった(N-BOXプラスとスラッシュを含む)。
この内2017年は9月に2代目N-BOXが登場してさらに売れ行きを伸ばし、国内販売全体でもプリウスを抑えて1位になっている。目下のところN-BOXは、日本でもっとも多く売れているクルマだ。
現時点で発売されているN-BOXは2代目だが、この高人気は初代モデルによるところが大きい。2代目も初代の特徴を受け継いだからだ。
初代モデルの特徴であり、なおかつN-BOXが好調に売れた一番の理由は外観の見栄えだ。全高は1780mmと高く、ホイールベース(前輪と後輪の間隔)も2520mmと長い。水平基調のボディは軽自動車とは思えない存在感を放ち、短く抑えられたボンネットなどは視覚的なバランスも優れている。さらにシンプルなフロントマスクも好感を持たれた。
そしてエンジンを縦長に設計して、ホイールベースも長いため、室内長がタップリしている。N-BOXの室内を初めて見た人は、例外なくその広さに驚いた。
この「実用性を伴うサプライズ」は、今日のクルマが売れる条件だ。タントのワイドに開くスライドドア、プリウスの抜群に優れた燃費数値、ノートe-POWERの電気自動車をベースにしたハイブリッドとアクセルペダルで速度を自由に調節できる運転感覚など、今の人気車は必ずほかの車種とは違う特徴を備える。この特徴は必ずしもすべてのユーザーに必要とは限らないが、選択の決め手になるのだ。
N-BOXも同様で、あそこまで広い後席は、実用的には必要ないだろう。畳むと大容量の荷室になるが、すべての軽自動車ユーザーが自転車を積むわけではない。しかしあの広さとそれを表現した外観は、ほかの車種に差を付ける要素になり、同時に選択の決め手にもなるわけだ。
そして街中で頻繁に見かけるようになると、「みんなが乗っているN-BOXを選べば安心」という新たな評価も生まれ、売れ行きを一層伸ばす。「価格や維持費の安い実用的な移動の道具」という軽自動車のイメージに、時代を代表する最先端トレンドという価値を加えたことが、N-BOXが成功した理由だ。
N-BOXの販売首位は、今後も維持される。N-WGNのフルモデルチェンジは2019年以降で、それまではN-BOXに採用された先進的な安全装備のホンダセンシングも装着できないからだ。そうなれば当分の間、ホンダの軽自動車は実質的にN-BOXのみ。販売力が集中するから、売れ行きもあまり下がらず1位を維持できる。