限界で走行するレーシングカーこそ滑らかな操作が要求される
サーキットで戦うレーシングドライバーは街中も運転がうまいのか? 当然「YES」である。そんな疑問が生まれる要因は、クルマを速く走らせる=操作を素早くする……という誤ったイメージがあるからだろう。クルマの運転を学ぶ際に「“急”が付く操作はダメ」と言われるが、それは街中をゆっくりと走らせているときだけでなく、サーキットで戦っているときも同じである。
なぜなのか? それはクルマの運動性能を司るのはすべて“タイヤ”であるから。パワーのあるエンジンを搭載し、素晴らしいシャシー性能があっても、タイヤのグリップがなければ駆動力は路面に伝わらない。つまり、タイヤの性能を最大限に活かすことこそ、安全に速くクルマを走らせるポイントなのである。
ちなみにタイヤの性能は摩擦円(フリクションサークル)で表現される。タイヤのグリップ力が高ければ高いほど摩擦円の円周は大きくなるが、最も外側の円周がタイヤのグリップ限界で、それを超えることはできない。
たとえば、フルブレーキング時で前後方向にタイヤのグリップを使ってしまうと左右方向のグリップは出すことができない(=ステアリングを切っても曲がらない)。逆にコーナリング時に左右の方向のグリップをすべて使ってしまうと、縦方向のグリップは出すことができない(=踏んでも進まない/止まらない)。
これを踏まえると、理想のハイスピードコーナリングは、
1.ブレーキングでタイヤのグリップを最大限発生
2.ブレーキを緩めながらステアリングを切って横Gを発生させる
3.ステアリングを戻しながらアクセルを踏み込む
となる。
これらの操作はどれも滑らかにする必要があるが、ドライビングはアクセル/ブレーキ/ステアリングを連続的に操作して成り立つものなので、前後左右Gを滑らかにコントロールすること→タイヤの性能を引き出すこと→速く走らせるポイント、というわけだ。
このようにスムースな運転をしていくとライン取りも自然とよくなるし、タイヤなどの摩耗も少なくなる。そう、レーシングドライバーはこれらの操作を300km/hを超える速さのなかでmm単位のコントロールを0.1秒単位で冷静に行っているのだ。
オンボード映像を見ていて、スピートやGは凄いはずなのに速そうに感じないのは、すべての操作とクルマの動きがスムースだからである。仮にクルマと格闘しながらのドライビングだったら、そのマシンがダメなのである。
また、彼らはレース前にセットアップやタイヤテストなどを行っているが、そもそもスムースに走らせることができないと細かい調整などは不可能である。ちなみに彼らは車高調整1mm以下、空気圧0.05kg/cm2の変化でも走りの違いに気が付くそうだ。
そんなレーシングドライバーは速度域が低く、コントロール幅も広い街中での運転が上手なのは当然なのだ。むしろ街中で横に乗って「えっ!?」と思ったら、その人はプロドライバーとして失格だと思っていい。
実際に有名レーシングドライバーの横に何度も乗せてもらったことがあるが、ドイツのアウトバーンで200km/hくらいで走っていても100km/hくらいに感じるほど滑らかで、360度あらゆる方向に発生するGが少ないのでまったく不安がない。また、クルマに余計な動きを与えないので、硬めのサスペンションのクルマでも快適に感じでしまうくらいだった。また、つねに先を読んで運転するので余計な加減速がなく、結果的に燃費もいいのである。つまり、「速さ」を突き詰めると「スムースな運転」に辿りつくのだ。