机上で作るんじゃない! 徹底した実車での走り込みを実施
これまでのタイプRとはひと味違う、新たな価値の創出を目指した新型シビックタイプR。従来では、ベースとなるモデルにあとから手を入れる形で「速さ」を磨いてきたが、新型では初のシリーズ同時開発が行われている。その背景について、開発責任者の柿沼秀樹さんにお話をうかがった。
「初代となるNSXタイプRが登場したのは92年です。以来、歴史を重ねてきたタイプRのブランド力は、世界的にもすごいネームバリューがあります。発売されたことのないアメリカでも憧れの存在なんです。けれども私自身、じつはタイプRに限界を感じていたところがあったんです。従来のタイプRは、ベースモデルからいろいろなモノをはぎ取って、ガチガチの足を入れ、セミスリックみたいなタイヤを履かせるという作り方です。いわばレーシングカーのような考え方」
「けれど、レーシングカーになるのなら、ナンバーをつけて公道を走れるようにする意味がない。確かに鈴鹿サーキットを走ると速いし、楽しい。けれど、ナンバーのついた量産車としてはどうなんだろうと。ある特定のシーンに偏った楽しさはあるけれど、一定以上には絶対に広まらない乗り物だと、そんなふうに思うようになったんです」
そう考えるに至った背景には、時代の変化も大きいと語る。
「自動運転の技術もどんどん進んでいます。走る楽しさや操る喜びは、いずれ消えてしまうんでしょうか。私はそうなってほしくないし、途絶えさせるべきではないと思っています。だからこそタイプRは、もっともっと色々な人たちが楽しめるクルマじゃなきゃいけない」
「そのためには、従来のような快適性を犠牲にした速さの求め方ではなく、一般公道での乗り心地も高い次元で両立させることが必要です。それを目指したのが今回の新型シビックタイプRです。タイプR史上最速で、かつてないグランドツアラー性能。それを実現できたのは、シリーズ同時開発ができたからなんです」
従来とは違う革新性を目指した新型タイプRだが、変わらず守り続けていることもある。それは走りを熟成させるための徹底的な“現物”へのこだわりだ。
「ホンダのモデルのなかでも、このクルマほど実走を積み重ねたクルマはないんじゃないでしょうか。今回もニュルブルクリンクで『合宿』し、一般道やアウトバーンを走り、それを繰り返し、そこで足りないものを発見してはフィードバックをかけ、またニュルに行くという繰り返しでした。進化の著しいシミュレーション技術も利用しますが、やっぱり事実は実車にしかないんです。新型タイプRの走りは、ひたすら実車の走り込みで作り上げていきました」
歴史のあるモデルのなかには、歴史を守ることに力を注いで開発されるものが少なくない。だが新型タイプRは、「歴史を守るため」ではなく、「歴史を作っていく」ために作られたクルマといえそうだ。