モータースポーツと市販車開発を結び付ける機能
「GRとは?」を紐解くためには、GAZOO Racingの歴史を振り返る必要がある。そもそもGAZOOの発端は中古車検索の画像システムである。「画像」と動物園「ZOO」の造語でGAZOO。当初は専用の機械を中古車販売店に設置されていたが、それがインターネットに移り「GAZOO.com」へ。当時トヨタはエンドユーザーとの接点がないので、「お客さんの声を直に聞きたい」と言う想いから、GAZOO.comとなった。じつはGAZOO Racingはそのコンテンツの1つであった。
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かつてトヨタには2000GT、スポーツ800、スープラ、セリカ、MR2/MR-S、レビン/トレノと様々なスポーツカーが存在した。また、セダンにも高性能エンジン搭載の「羊の皮を被った狼」もあったが、「売れない」を理由にラインアップから消え、2007年のMR-S生産終了でトヨタにスポーツモデルが完全に消滅した。この頃、販売台数で世界一になったトヨタであるが、クルマ好きからはソッポを向かれてしまった。そんな状況に、トヨタ社内で「ちょっと待った」を掛けたチームが成瀬 弘マスタードライバーとモリゾウさんを中心に構成された「GAZOO Racing」だった。とは言え、発足当初はトヨタの正式なプロジェクトではなく、たとえるならば同好会だ。
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彼らは2007年にニュル24時間に挑戦。レースという極限状態を通じて「人を鍛え」、「クルマを鍛える」ことで、「もっといいクルマ作り」にフィードバックさせようと考えた。その流れは年々拡大され、周りの理解や支持も増えていき、2015年よりTOYOTA GAZOO Rcingとトヨタの正式部隊へと昇格。つまり、「小さなトヨタ」が「大きなトヨタ」を変えたのだ。現在はWRC、WEC、そしてニュル24時間が活動の3本柱となっている。
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一方、市販車は2010年の東京オートサロンでトヨタの新スポーツカー戦略が発表。豊田章男社長はトヨタの味作りの一環として、新スポーツブランド「G’s」、「GRMN」の2ブランドを立ち上げることを明言、「売れるクルマよりもいいクルマ」を目指しはじめたのである。これらのモデルの開発は量産車チームとは別の組織「スポーツ車両統括部」が担当し、さまざまなモデルをベースにした「スポーツコンバージョンモデル」をリリース。
その第一弾はスポーツカーとは相反するモデルであるミニバンの「ノア/ヴォクシー」だった。ミニバンはドライバーが我慢して乗るモデルの典型で、家族が乗っている時はミニバン、一人の時はスポーツできるようなクルマにすれば、楽しいクルマになるのでは? と言うコンセプトから抜擢された。ある意味、一番ハードルの高いモデルから始める……という成瀬 弘さんの“反骨精神”もあったのだろう。
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その後、G’sはヴィッツ、プリウス、マークX、アクア、アルファード/ヴェルファイアとG’sはクルマのカテゴライズに関係なくラインアップを拡大。途中ベースモデルのフルモデルチェンジなどで生産を終了させたモデルもあるが、2015年にはハイブリッドミニバンの「プリウスα」、SUVの「ハリアー」を加えた6モデルをラインアップ。
これらのモデルは「コントロール・アズ・ユー・ライク(=意のままに操る喜び)」を基本コンセプトに、ボディ剛性やサスペンションなどの操安性のチューニングはもちろん、スポーティなデザインのエクステリア、質感を高めたインテリアなどを盛り込むことで、「走りがいいよね」はもちろん、「所有する喜び」や人から「いいクルマに乗っていますね」という満足感もプラス。
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どれも限定販売ではなく通常モデルと同じように販売され、2010年に投入されてから累計6万台超を販売、各モデル毎のノーマルとの比率は5~10%近くだったそうだ。トヨタは「まだまだ少ない」と語るが、他メーカーのスポーツコンバージョンモデルと比べると圧倒的に多い。つまり、G’sが多くの人に共感を得ていると共に、楽しいクルマを求める人は多かったのである。
GRMNは台数限定ながらパワートレインを含めて車両トータルでプロデュースされた至高のスポーツモデルで、一般道からサーキットまで「道を選ばない走り」と「誰もが気持ちいいと感じる走り」を追求。これまでiQ、ヴィッツ、マークX、86に設定。どれも勝算度外視のこだわりチューニングが施されており、俊足で完売している。
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じつはG’s/GRMNの存在が量産チームに刺激を与え、量産モデルの走りも大きくレベルアップ。それは結果的にトヨタのクルマ作りの構造改革「TNGA」に繋がるのだが、そういう意味では、GAZOO Racingは小さなトヨタであり、大きなトヨタを改革する役割を担っていたと言うわけだ。
そんなGAZOO Racingは2016年に社内カンパニー制度で「TGRファクトリー」となり、2017年に「GRカンパニー」とほかのカンパニーと肩を並べる存在になった。ただ、その役目はこれまでと変わらず非常にシンプルで、モータースポーツとスポーツカー開発をリンクさせること。
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ただ、カンパニーになったことで、GAZOO Racingが行ってきたモータースポーツ活動やトヨタのファン作りに加え、商品の企画/開発/製造/販売準備に至るまで機能を備えられた。トヨタ最小のカンパニーだが、スポーツ車両を世に出して利益に貢献していく……というミッションも与えられており、ほかのカンパニーではできないクルマ作りの姿を示し、トヨタを変革する起爆剤と言う役目を担っているのだ。
つまり、今回発足のGRブランドは単にG’sからブランド名が変わったのではなく、GAZOO Racingが11年間かけて行なってきた活動を今後も継続的に行なっていくための宣言であり、もっといいクルマ作りの再スタート地点でもあるわけだ。