メーカー選手権のヒーローたち【フェラーリ・世界スポーツカー選手権編その1】 (2/2ページ)

9年間で7回のチャンピオンを獲得

 1953年には新たにスポーツカーによる世界選手権タイトルが制定され、もちろんフェラーリもこれに参戦することになった。初年度の主戦マシンはTipo340 MMとTipo375 MM。

 ともにアウレリオ・ランプレディが手掛けたV型12気筒で前者は4.1リッター、後者は4.5リッターの排気量を持った、通称「ランプレディ・エンジン」を搭載。緒戦のセブリングは事実上欠席したものの、続くミッレ・ミリアでTipo340 MMが勝ち、ル・マン24時間を挟んでスパ24時間とニュルブルクリンク1000kmではTipo375 MMが2連勝。都合3勝を上げ初代王者に輝いている。

フェラーリ

 翌54年、参戦マシンのリストにはTipo375 MMに加えてTipo375 MM PlusとTipo750 Monzaが登場している。Tipo750 Monza搭載されるエンジンはランプレディが手掛けたものだがV12ではなく直列4気筒で排気量は3リッターの新たに開発されたユニットだった。

 シリーズ開幕戦のブエノスアイレス1000kmでTipo375 MMが勝ち、イギリスで行われた第5戦のRACツーリスト・トロフィーではTipo750 Monzaが初優勝を飾るなど6戦4勝で前年に続いてシリーズを連覇。55年はメルセデス・ベンツに一歩後れをとってシリーズ2位に甘んじたものの、翌56年からは3連覇。さらに59年にはアストン・マーチンにタイトルを奪われたものの2位を堅持し、翌60年から61年にかけて連覇。9年間の世界スポーツカー選手権でタイトル7回、2位2回と他を圧倒していた。フェラーリ

 62年には、いよいよメーカー選手権……正確には車両製造車のための選手権と定義される国際マニュファクチャラーズ選手権(International Manufacturers Championship)が始まることになるのだが、それはまた改めて。フェラーリ

 ボンネットからフェンダーにかけてゼッケンナンバーを大きく描いた#56号車は1947年式Tipo125 S。初めてフェラーリを名乗ったクルマで3台が製作されたが、のちにTipo166に生まれ変わっており、ガレリア・フェラーリ(フェラーリ博物館)に収蔵されているこれはのちに製作されたレプリカで、2013年12月に撮影。Tipo125用の47年式V12エンジンは同じく13年12月にイタリアのルイジ・ボンファンティ-フィマール自動車博物館で撮影。フェラーリ

 ノーズとフェンダーサイドにゼッケンサークルを持った#22号車は49年式のTipo166 MM。ゼッケン22番は同年のル・マン24時間優勝車、ということになるがレース中の写真とは細部が異なり優勝した個体そのものかは不明。2012年6月にル・マン・サーキット博物館にて撮影。フェラーリ

ゼッケンサークルの中にゼッケンナンバーが書き込まれず、却ってプランシングホースが目立つことになっているのは1954年式のTipo750 Monzaで、2015年の2月にオランダの国立自動車博物館、通称“ローマン・コレクション”で撮影。フェラーリ

 ちなみに、ゼッケンナンバーが書き込まれた#8号車(コクピット&リアビュー)は13年の12月にガレリア・フェラーリで撮影したもの。ダークレッドのボディでノーズを白く塗った、まるでアルファ・ロメオのようなカラーリングの個体は1956年式のTipo860 Monzaで、2010年9月にドイツのジンスハイム自動車博物館で撮影。フェラーリウィンドシールドに#353のゼッケンナンバーが描かれているのは1957年式のTipo500 TRC。ちなみにTRCはテスタ・ロッサ・コンペティジオーネ(Testa Rossa Competizione:Testa Rossa は赤い頭を意味する伊語で、カムカバーが赤く塗られていたことから命名)の意。やはり2013年の12月にガレリア・フェラーリで撮影した1台。フェラーリ


新着情報