アンダーパワーのエンジンでも超軽量で操る楽しさに溢れていた
“軽い”ということがクルマに及ぼす物理的な影響のなかに、悪い要素などない。たとえば同じ馬力で走る場合には軽いほうが負担が少ないぶんだけ素早く加速できるわけだし、同じ環境や条件のなかで走る場合にはエネルギーを余分に使わずにすむぶんだけ燃費もいい。曲がるときには軽いほうが遠心力の影響が小さいぶんだけ速いスピードで曲がれるし、停まるときも軽いほうが慣性の働き方が小さいぶんだけ短距離でスピードを削れる。
その典型といえるのが、ロータス/ケータハムのセブンだろう。1950年代のフォーミュラカーのようなクラシカルな魅力を持つスタイリングは、ものすごく乱暴ないい方をするなら鉄パイプにアルミ板を張った車体構造の賜物だが、走るために必要なモノ以外は何ひとつ持たされていないといえるシンプルな作りである。
そのため車両重量は──搭載エンジンによって異なるけれど──400kg台から500kg台という数値。耐候性や快適性、クルマとしての利便性をスッパリと切り捨てた結果、セブンは1クラスどころか2クラスも3クラスも上の高性能車達を追い回せるパフォーマンスを得ることができた。
1973年以降、セブンはケータハム・カーズによって進化しながら生産が継続されており、ロータス・カーズではセブンのようなスポーツカーを作っていないが、そのセブンの思想的な直系といえるモデルは現在のラインアップにも存在している。1995年に発表された“エリーゼ”がそれだ。
じつのところロータスがセブンの後継として企画したのは、日本では今でも『サーキットの狼』のクルマとして知られる“ヨーロッパ”だった。車体のレイアウトこそミドシップとなり、フレームはチューブラーから逆Y字型バックボーンへ、ボディの素材はアルミからFRPへと変更されていたが、初期のヨーロッパは──もちろんコストダウンの意味合いもあったが──ウインドウは固定式、カーペットや遮音材もなしというじつに割り切った作りになっていた。そのため600kgを少し超える程度という軽さを実現していたのだ。
エリーゼは、1975年に生産が終わったヨーロッパが20年の時を超えて蘇ったかのようなモデル。ルックスは異なるし構造も異なるし、タルガ・トップを持ちオープンエア・モータリングを楽しめるようになっていたが、小さなミドシップ・スポーツカーという点はまったく共通しているし、何よりセブンから受け継いだ“軽量”というものに対するこだわりがあらゆる部分に見てとれたのだ。
もっとも特徴的なのは、その基本骨格だろう。エリーゼはアルミニウム合金製のバスタブ・フレームをメインとした骨格にFRPのボディ・パネルを組み合わせた構造を持つが、そのアルミ製シャーシは部材をリベット留めにせず、航空機製造用の強固な接着力を持つエポキシ系接着剤で貼り合わせることで剛性を稼ぎながら、単体で何と68kgという驚くほど軽い仕上げとされていたのだ。
しかも初期のころのエリーゼは、エンジン・ベイやリヤのハブ・キャリア、ブレーキ・ディスクなどもアルミやアルミ系の複合素材で作られ、エアコンやパワーステアリング、ブレーキ・サーボなどもオミットされ、結果、市販前提の試作車の段階で690kgという数値を公称できる領域に踏み込むことができたのだ。
今ではトヨタ製をベースにロータスが独自にチューンナップしたパワーユニットを搭載しているけれど、最初にロータスがチョイスしたエンジンはローバーKシリーズ、正確には“18K4F”型だった。これは同じ英国内で都合が良かったことも理由のひとつだったかも知れないが、もっとも大きな理由は軽かったからにほかならないだろう。
何せ補器類や油脂類を含めて97kgと圧倒的に軽く、重心高も低く、ハンドリングが生命線といえるエリーゼにまさしくピッタリのユニットだったのだ。のちに搭載することになるトヨタの1ZZユニットよりほぼ40kgも軽かったということだけを考えても、どれほど適したチョイスだったかは想像できるだろう。
ただ、Kシリーズにも弱みはあった。アンダーパワーだったのだ。基本となる18K4F型で122馬力/5600rpmと16.8kg-m/4500rpm、後に追加された可変バルブ・タイミング機構付きの18K4K型で156馬力/7000rpmと17.7kg-m/4500rpm。その数値だけを見ると、特別な感じはまったくしない。
それでもスポーツカーとしての魅力に溢れていたのは、実際には750kg前後となった、時代を考えれば感動的といえる軽さと、ロータス・マジックとしか表現できない絶妙なシャーシ・セッティングが与えてくれる、ドライバーの意志に対して正確で身のこなしがヒラヒラと軽やかで想像以上の素早さでコーナーを抜けていける夢のようなハンドリングがあったからにほかならない。