佐藤琢磨のスポッター「ロジャー安川」が語る! インディ500制覇の裏側 (2/2ページ)
第三の目としてライバル車の位置を伝える
スポッターとは一体どんな事をするのかと良く質問がありますが、単純に説明すると「第3の目」として周囲を走るクルマの位置を無線で伝える役割となります(因みに無線機はジャパンブランドのKenwood社製を使用)。インディ500では380km/hの平均速度で争うなか、サイドミラーは小さく振動し後ろは殆ど見えないので、ブラインドスポット(視覚に入らない場所)にライバルがいるのを伝えることは、ドライバーにとって非常に重要な役目となっています。
しかし琢磨選手が僕をスポッターに抜擢してくれた理由は、もう一つあります。それは僕自身もインディのレースを経験したことがあるからです。実際に走ったことがあるだけに、ドライバーとしての視点でいろんな情報提供もできるからです。
周囲にいるクルマの位置情報を伝えるのは当然ですが、その伝え方にもいろいろとあります。たとえば、クルマがインサイド(内側)またはアウトサイド(外側)にいるということを伝えるのは当然ですが、クリアー(周囲にクルマがいなく車線変更をしてもOK)になった場合、レースの展開次第で「クリアー」という声のトーンを変えます。他車を追い越した場合、または追い越される場合でも、声のトーンやボキャブラリー(単語)をうまく使い分け、ドライバーのモチベーションと冷静さを保つこともスポッターの重要な役割です。
ときには他車の走行ラインの情報を教えたり、レース後半戦には誰と組んだ方が勝率が高まるかなどの、作戦に繋がる情報も提供します。オーバルレースは単にグルグル回っているだけと思われがちですが、この様に非常に奥深いレースなのです。
今回レースにスポッターとして勝つことができて、改めて実感したことが一つあります。それは近年コミュニケーションツールはe-mail、テキストやLINE等での文字情報になってしまっていましたが、実際に声や言葉(単語)を使い分けて情報を伝えると、しっかりと相手に言いたいことや気持ちが伝わるということです。コミュニケーションの方法はさまざまですが、やはりより多くの情報を提供し気持ちを一致させることで、信頼関係も高まり良い結果に繋がるのだと確信を持てました。
そして今回最も印象的だったのは、レースが終わり数時間にも渡るメディアインタビューも一段落し、深夜前にようやくKohei君のフィジオのセッションが始まったときに、琢磨選手が言った「いや~夢って本当に努力して、諦めずに強く願えば、叶うんもんだな~」と述べた言葉が自分の心にささりました。
何故なら自分はある日から、「目標は努力して達成するもの」だけど、「夢は描くもので叶うものではない」というマインドを持っていたからです。冷静に考えると、何処かのタイミングで自分の目標はインディ・ドライバーになるところまで描けていたけど、その先は無かった…。
自分の夢が達成できている事は、それまでお世話になった皆様、そして迷惑をかけた人たちにも感謝をしなくてはいけないのだと、改めて実感するタイミングでした。そしてそれ以上にこれから未来を目指していく若者たちも、琢磨選手の「No Attack, No Chance!」のフィロソフィーで頑張って貰いたい!
僕自身としては日本でのアメリカンモータースポーツの発展に、今後も力を注いでいきたいと思う。琢磨選手のインディ500優勝を機に、もっとアメリカでレースをしたいと思う日本人が出てきて欲しいと願います!
スポッターとは常に裏方役ですが、残りのオーバルレースでも琢磨選手がシリーズチャンピオンになれるよう、これからも彼の影武者として次なる夢に向かって進んで行けることを楽しむしかない! 夢は追い続けるものだからね!!
ロジャー安川さんが教える! レース中に使う主なスポッター用語
①インサイド(Inside) → 内側(オーバルの場合は左側)に他車がいること
②アウトサイド(Outside) → 外側(オーバルの場合は右側)に他車がいること
③クリアー(Clear) → 他車を追い越した場合、又は他車に追い越された場合にドライバーに伝え、車線変更をしても周囲が安全である事を示す。レースの状況や展開によっては、「クリアー」と声のトーンやテンションを変えていくことも重要で、冷静であることが必要な際は至って普通に「クリアー」と言うが、少しリズムを上げた方がよい場合や勝負に出る時は、声のトーンとテンションを上げて「クリア~!」と言う
④スリーワイド(3 Wide) → 3台に並んでいる状況で、内側、真ん中、外側、に居る場合でもスリーワイドと伝え、車線変更は極めて厳しいことを意味する。因みに4台並んだ場合はフォーワイド、5台並んだ場合はファイヴワイドとなる
⑤スリーバック又はクリア・バイ・スリー(3 Back or Clear By 3) → 単純に後ろを走る車両との距離感を伝えている。車間距離が3台の場合はスリーバック又はクリア・バイ・スリー、5台の場合は5バック又はクリア・バイ・ファイヴという
⑥⑤の後にクロージング・イン(Closing In) → 相手が接近している事を示す
⑦ゲッティング・ア・ラン(Getting a run)→ ⑥同様でこの時点ではすでにスリップストリーム及びドラフトに入られていること
⑧⑤の後にプーリング・アウェイ(Pulling away) →相手を引き離していることを示す
⑨⑤の後にノー・プレッシャー(No Pressure) → 後部からの攻撃は一切ないので、前に集中して走ることを示す
⑩⑤の後にキープ・ディギング(Keep Digging) → キープ・ディギングとは引き続き頑張ってと言う事を示すが、状況に応じて「プッシュし続けろ」という場合もあれば、「厳しいかもしれないけど粘って」というニュアンスも持つ
⑪ウォッチ・ユアー・スピード(Watch your speed) → ピットレーン進入時や出口で、制限速度を気をつけるように指摘をすること
⑫ハッスル・アウト(Hustle out) → ピットアウト時に、アウトラップでタイムロスをしないようにプッシュが必要だと指摘していること