じつにしなやかでスポーティで繊細な操作に応えてくれる
「アメ車」。日本ではどうも、軽くネガなイメージで使われることが多い気がする。燃費を気にせず、ボディはデカく、ハンドリングなんて語るのも野暮、そんな感じだろうか。
好きで「アメ車」を使う人は、「だから良いんじゃないか」とポジに捉えるのかも知れないが……まぁ少数派だ。キャデラックなんてそれを体現したようなブランド、そう思っている人も多いだろう。
そんな時代は過去。そりゃそうだ。日本車だって初代プリウスが登場したころに、誰がこんなにモーター搭載車だらけになると予想したか! つまり自動車の世界は刻々とスタンダードが変わっていくのだ。
今ドキのキャデラックはじつに繊細で、日本人の感性にも受け入れられるクルマになっている。そんな結論に達する試乗会に参加させていただいた。
内容はこう。GM社のキャデラックブランドの各車を乗り換えながらツーリングし、桜を愛でるという、なんとも優美な試乗企画なのである。
東京都・港区の試乗会場で待っていたのはATS、CTS、CT6の3車種5グレード。東京の都心にいても、街なかでこれだけキャデラックを目にすることはない。なかなかに壮観である。
まずはATS-Vに座り、第1の目的地である関越道の高坂サービスエリアを目指す。このATS-V、5台のなかでもっとも気に入ったモデルだ。もしも「もらえる」というなら間違いなくこれを選ぶ。
先に車種とグレード体系について簡単に説明しておくと、ATSがミドルクラスで、CTSはATSよりも上位に位置、CT6が最上級となるセダンのラインアップだ。ATSのみクーペボディも揃う。ATSとCTSには「V」が付くグレードがあり、これは走行性能を追求したスポーティモデルである。
さて、ATS-Vに話を戻そう。冗談ではなく、駐車場から公道への段差をひとつ乗り越えただけで「これはいい」と感じられるクルマがある。ATS-Vはまさにそれだった。都内を極低速で流しすと、路面のデコボコや段差をしなやかに吸収する。
しなやかといっても「ふわつく」ようなものではない。ギュッと引き締まっているが、不快な振動を乗員に伝えることはない。前:255/35ZR18/後:275/35ZR18の偏平タイヤを装着してこれなのだから、見事だ。
首都高へ上がり関越道を目指す。3.6リッターV型6気筒ターボは公道ではオーバースペックなぐらいのゆとりだ。もちろんあくまで表現であって、今どきのクルマはパワーやトルクがいくらあったって暴れ馬のようになることはなく、ゲタ代わりに乗ることができる。つまり、燃費を別にすれば、ゆとりがあればそれだけプラスといえるだろう。
音の演出、バックスキンのステアリングなど、ATS-Vが明らかなスポーツセダンであることを私に伝えてくる。ついつい踏みたくなる気持ちをなんとか抑えつつ、料金所加速を楽しむ程度に留めた。
踏みたくなるといえば、ATS-Vの直進安定性の高さも影響している。こと、高速において思わず飛ばしたくなるクルマには、ステアリングを手のひらで軽く押さえていれば、多少のギャップやアンジュレーションがあっても真っ直ぐ走ってくれる、つまり疲れないという特性があるのだ。
じつは次に乗ったATSは、この直進安定性がATS-Vに比べて少し甘かった。さらに高速走行時のロードノイズを中心とした静粛性もATS-Vのほうが優れている。
静粛性に関しては、よりスポーティなほうがうるさい、そんなイメージを持つひとも多いのではないだろうか?
走行中に出る音には色々とあり、主なところではボディ形状による風切り音、タイヤと路面が発するロードノイズ、エンジンやトランスミッションなどのパワートレインが発する音などがある。それがドライバーにどの程度伝わるか? それはボディ剛性や足まわりなども影響する。だから硬質な走りをもつATS-Vのほうが静かでも何ら驚くことはない。
ただしエンジンに関しては、普通に日本で使うならATSが積む直4ターボでも十分だ。276馬力/400N・mの出力はまったく不足を感じることはなかった。もちろん前述のとおり、余裕があって困ることはなく、走り好きの私からすれば、ATS-Vのほうがより「楽しい」というだけである。もちろん音の演出もATS-Vのほうがスポーティだった。
そしてATSとATS-Vを比べるからこうなるわけで、ATSがけっして締まりのないクルマというわけではない。コーナーではステアリングの切りだしから素直にノーズが入るし、FRらしく、ちょっとしたコーナーでもステアリングとブレーキとアクセルの操作で気持ち良く曲がる感覚が味わえる。
実際ATSとATS-Vは、479万円と990万円と、倍も値段が違う。もう別のクルマとして考えたほうがいいのかもしれない。