ミノルタカラーや富士通テンカラーでグループAにも参戦
1988年8月には、グループAのホモロゲーション用の500台限定モデル「ターボA」も登場。7M-GTに専用の大容量タービンが用意され、270馬力までパワーアップ。
このターボAは、通称「ターボAダクト」呼ばれる3連ダクトが、フロントバンパーセンターにあけられていたのも特徴。のちに登場するスカイラインGT-R(R32)のNISMOの“ブタ鼻”(NISMOダクト)の走りともいえるものだった。さらに1990年のマイナーチェンジで、トヨタ車初の280馬力の5速MT設定車となる「2.5GTツインターボ」を投入。エンジンは7M-GTから、2.5リッターツインターボの 1JZ-GTEにバトンタッチ。
ビルシュタインダンパーもおごられて、大柄のボディの割にハンドリングがよく、ドライビングプレジャーの高いFR車と評され、チューニングやカスタマイズも盛んに行われた。モータースポーツでは、前記のとおり、グループAレースに参戦。
1987年にトムスが総合優勝を狙ってマシン開発を行い、デビュー戦のSUGOで優勝。あまり知られていないが、スパ・フランコルシャン(ベルギー)で行われた、スパ24時間耐久レースにも出場している。
グループAでは、ミノルタカラーや富士通テンカラーのスープラが印象的だったが、勝利はデビュー戦の1勝のみ……。90年でグループAレースから撤退し、93年まで生産された。
ライバルはフェアレディZとなるだろうが、指向性はやや異なる。セリカというスペシャリティカーの延長から、本格的FRスポーツとして誕生した70スープラは、他車にはない独自の世界観を持ったクルマだった。