効率だけでは語れないMTの魅力が多くの車種で味わえる
例えば機械式の腕時計には特有の味わい深さと所有する喜びがあるように、たとえば吸入式の万年筆にはほかの筆記具には望めない書き心地と充足感があるように、つきあうのにちょっとばかり手間暇とノウハウを必要とする古式ゆかしい道具には、便利さや効率の良さを追求して進化してきた似て異なるモノが失ってしまった、何ともいえない魅力がある。
クルマの世界でも、未来の自動運転化に向かって様々な技術の開発が加速度的に進められている今、MT(=マニュアル・トランスミッション)も、それらと同じように“嗜好品”の領域に入りつつあるのかも知れないな、と感じることが多い。
トルクコンバーター式のAT(=オートマティック・トランスミッション)も今ではただ楽チンなだけじゃなく、燃費重視のプログラムが進められているし、変速だってトロくはない。デュアル・クラッチ式のセミAT(またはロボタイズドMT)に至っては、ATと同じようにイージーに走らせることができるうえ、プロのドライバーですら及ばない変速スピードを初心者ですら楽しむことのできる領域にある。技術の進化というのは物凄い。
一方、わざわざシフト・レバーと3つのペダルを自分で操作しなければならないMTは、不便でめんどくさいし、疲れるし効率も悪いし、そういう意味では時代から取り残されつつある存在だ。
500馬力だ600馬力だ700馬力だというスーパーカー達がこぞって3ペダルのMTを捨ててしまったことが象徴してるといえるだろうけど、ATあるいはセミATしか設定がない車種のほうが圧倒的な多数派であるのもやむを得ないといえばやむを得ないのだ。北米に次ぐAT大国といえる日本では、なおさらだろう。
ところがそんななか、ふと見渡してみると、ルノーがおもしろいことになっている。日本に導入されているラインアップのなかでAT(セミAT)のみという車種はたったひとつで、それ以外はすべての車種にMTを採用したグレードが設定されてるのだ。
・ルーテシア
標準的なグレード、ゼンの0.9リッターが5速MT仕様。90馬力に13.8kg-mの897cc直3ターボというダウンサイジング・エンジンに足腰のしなやかさを感じさせるシャーシとMTの組み合わせは、速さこそ限られているがキビキビとリズミカルな走りを楽しめて、思いのほかスポーティ。
・カングー
標準グレードのゼンとシンプルな装いのアクティフに、6速MT仕様がある。いうなれば背高なミニバン・スタイルのクルマでありながら快適性と意外なほどのフットワークを見せる懐深いシャシーに115psと19.4kgmのダウンサイジング系1197cc直4ターボを積むMT仕様のカングーは、まさしくフランス本国のテイストそのまま。家族を持つお父さんもただの運転手にならずに移動そのものまで楽しめる。