公道と同じ舗装で普通のサーキットにはないギャップやうねりも
「ニュル」の通称で知られているニュルブルクリンク。「ニュルブルク」とはサーキットが取り囲んでいる古城=ニュル城(「ブルク」はドイツ語で城)のことで、「リンク」(ドイツ語的には「リング」)はサーキットを意味している。
場所は、フランクフルトから約200km、ケルンの南方にあるアイフィル高原の山間部にあり、F1GPなどを開催する近代的なGPコース(4.542km)とノルドシュライフェ(=北コース 別名オールドコース)の二つのコースから成り立っている。通常「ニュル」という場合は、F1の舞台となるGPコースのほうではなく、ノルドシュライフェの方を指す。
なぜなら、ニュルのノルドシュライフェこそ、スポーツカーの聖地と呼ばれる他に類を見ない世界一過酷なコースだからだ。その特徴はまず非常にコースが長く、巨大だということ。ノルドシュライフェの全長は、20.832kmもあり、なんとこのコースのなかに小さな町が3つもある。
さらに山間部に自然の地形に沿ってつくられているため、コースの高低差が約300m(294.3m)もあり、1周にわたってアップ・ダウンが連続する。
また、コースの全長が長いために、コーナーの数も桁違いで、左コーナーが約90、右コーナーが約80、合計170ものコーナーがあり、コースレイアウトを完全に覚えるというのは至難のワザで、大雑把に覚えるだけでもかなりの時間が必要になる。しかも、その170個のコーナーのうち、ひとつとしてイージーなコーナーがないのだ。
もちろんニュルにも低速コーナーはいくつかあるが、基本的に中高速コーナーが主体で、なかには時速250km級の下りの超高速コーナーがあったり、空しか見えない上りのコーナーもあり、比較的平坦な部分でも、ほとんどが森のなかを走るため先が見通せないブラインドコーナーになっている……。
そのためこのニュルでの開発テストをもっとも重視しているポルシェのテストドライバー達は、「ニュルは2週間走り続けないとまともに走ることはできない」と異口同音にいう。
しかし、かの地でスカイラインGT-Rの開発を担当した日産のテストドライバー、加藤博義氏は「2週間でまともに走れたら立派。ボクは500ラップ(=10,416km)走って、ようやく現地の同業者から『まあまあだな』と認められるようになった」と語っている。
ニュルの厳しさはこれだけではない。他のサーキットの路面は、タイヤがグリップしやすい特殊アスファルトになっているが、ニュルの路面はほとんど一般道と同じ舗装で滑りやすい。その上、コースからガードレールまでのいわゆるエスケープゾーンが狭く、コースアウト即クラッシュの危険が高い。
そして一番厄介なのは、路面に独特のアンジュレーション=「うねり」が付いているということ。
これには大きな理由がある。ノルドシュライフェの開設は1927年。先の第一次世界大戦で敗れたドイツが、このアイフェル地方の失業者対策として建設に着手。失業者のみを採用し重機を使わず人手で作ったサーキットなので、路面には独特のうねりがあり、路面状況は猫の眼のように変化する。
約2kmのロングストレート(日本では富士スピードウェイの約1.5kmが最長)も例外なく波打っていて、2箇所のジャンピングスポットなどでは、狙ったラインをはずすとどこに飛んでいくかわからない危険もある。大きくカント(斜面)のついたスリ鉢状のコーナーも2箇所あり、とにかくニュルには一般的なサーキットでは当たり前の、フラットな路面というはどこにも存在しない。
クルマのサスペンション設計の目標は、(外側の)タイヤをつねに路面に対して垂直近くに維持することにあるわけだが、このニュルでは、気を抜くと四つのタイヤがすぐにそれぞれ別々の方向を向こうとする。
しかもそのタイヤには、荷重が完全に抜けるとき(ジャンピングスポット)もあれば、最大1本に1トンもの荷重がかかるときもある。結果的に、ニュルでの全開走行は1周で一般道の2000〜3000kmに相当するストレスがクルマにかかり、ドライバーにも同様に非常に高いスキルとプレッシャーが要求される。
このようにニュルとは、世界屈指の難コースであるが、ただの危険なコースではない(危ないだけのコースならニュル以上のコースもいくつかある)。つまりニュルはリスキーではあるが、デンジャラスではないのである。
クルマのもつ本当の実力をむき出しにし、ドライバーのポテンシャルを丸裸にするコースだが、クルマもドライバーも「ホンモノ」であれば、ここを走る以上のドライビングプレジャーはほかではけっして味わえないものがある。
だからこそここは聖地であり、憧れの地となっているのだ。