乗用車も生産していたいすゞを振り返る!
いすゞ自動車は、いわずと知れた商用車メーカーの雄。路上でいすゞのトラックを見ない日はないといっても過言でないだろう。そんないすゞだが、過去には乗用車も生産していた事実を覚えている人も多いのではないだろうか? 今回はそんないすゞ自動車が生産した乗用車を振り返ろう。
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ヒルマン・ミンクス
イギリスの自動車メーカー(当時はルーツ自動車のブランド)、ヒルマンの中型車であるミンクスをノックダウン生産したのがこのヒルマン・ミンクスだ。
ノックダウン生産とは完成車を輸入して販売するのではなく、部品を輸入して国内で組み立てる方式で、これによりいすゞ自動車は乗用車生産のイロハを学んだといわれている。
なお、部品に関しても順次国産化を進め、57年秋には完全国産化を達成している。1953年に生産を開始したヒルマン・ミンクスは1956年に2代目へと進化、1964年まで生産が続けられた。
ベレット
前述のヒルマン・ミンクスの後継車として1963年に登場したのがベレットだ。
当然すべて自主開発であり、現在は主流であるが、当時はまだ採用例の少なかったラックアンドピニオン式のステアリングギアボックスや、4輪独立懸架、日本初のディスクブレーキを採用するなど、先進技術を多く採用していたのが特徴である。
’64年には日本で初めてGTを名乗ったベレットGTが登場し、’69年には更なるスポーツモデルとしてベレットGTタイプRが追加されている。