他のレースを捨ててでもル・マンに勝つ!
トヨタが本気だ。いまだなし得ていないル・マン24時間レースで勝つため「トヨタよ、敗者のままでいいのか?」という言葉を掲げ、2016年6月15〜19日のレースに挑む。そのためには年間6戦で争われる世界耐久選手権(WEC)の他のレースを捨ててもいいという覚悟なのだ。
世界3大レースといえば、F1のモナコグランプリ、北米インディカーレースのインディ500、そしてWECのひとつであるル・マン24時間レースだ。いずれも歴史が長く、ヨーロッパではモナコGPやル・マン24時間レースはメジャースポーツで、日本でのプロ野球やサッカー以上の人気スポーツ。社会的にも大きな話題になる。
インディ500に優勝すれば、あの広いアメリカのなかでも一躍有名人になるほどだ。しかし日本でのモータースポーツの人気、地位は低く、一時セナがいたホンダF1ブームがあったものの、今では一部のマニアックなスポーツになってしまった。
そんな背景があるから、トヨタが20年近くもル・マンに挑戦していることがあまり知られていない。しかしトヨタは本気だ。2014年にシリーズチャンピオンになっているものの、いまだル・マンでの優勝がないから、今年こそその「悲願」をかなえたいと、チームは驚くほど真剣に取り組んでいる。
ル・マン24時間レースへ向けての合言葉は「トヨタよ、敗者のままでいいのか?」である。自虐的なフレーズだ。5月20日、トヨタのレーシングチームであるガズーレーシングは、このル・マンに向けてのマシンや体制を発表して、その意気込みを語った。内部に向けてのメッセージが「トヨタよ、敗者のままでいいのか?」だという。
驚くことにル・マン優勝のためなら、ほかのシリーズはル・マンへの練習試合、だというくらいの意気込みで臨んでいる。それも、開発の指揮を執るモータースポーツ本部モータースポーツユニット開発部長の村田久武さんは、「あきらめずに徹底的に技術開発して挑戦する」と覚悟を語る。
今年トヨタはマシン2台の体制で勝負をかける。ライバルは多いが、ずばり、ターゲットはポルシェであり、アウディである。これまでポルシェは17勝、アウディは11勝もしている。複数回優勝しているチームは多いが、万年2位だったトヨタは「優勝」しか頭にないらしい。「ル・マンで勝って一流の自動車メーカーの仲間入りをしたい」と謙遜しながらも、優勝への意欲は半端じゃない。
「そのために今年はエンジンをV8からV6ターボに変更、さらにハイブリッドの蓄電にはキャパシタをやめてリチウムイオンを使い、充電時間を脅威的な早さに進化させて勝負に出る」というのだ。
ここまでの大幅な仕様変更でチームは大変な努力を強いられたが、思いの強さがクルマを相当なハイレベルに仕上げているようだ。日本人ドライバーは小林可夢偉選手を加えた1台と、ベテランの中嶋一樹選手を据えた1台で戦う。ご存じのとおり、2人はもとF1ドライバ−だ。
「2人は見かけとドライビングセンスが大きく違います。タフネスに見える可夢偉選手はきめ細かくクルマのセッティングをエンジニアにフィードバックできる。繊細に見える一樹選手は、多少のセッティングやマシンの不調を飲み込んで安定した走りを展開する。面白いチームができましたよ」と村田さん。
すでに数百万台のハイブリッドカーを世界中に送り出したトヨタ自動車。そのハイブリッド技術の燃費性能は証明されているが、「スポーティな走りを実現するのもハイブリッド技術」ということをアピールするには、レースで勝つこと、しかもヨーロッパではル・マンに勝つことが近道なのだ。
豊田章男社長が「いいクルマを作ろうよ」といいだし、その延長線上でモータースポーツ活動にも本気で取り組み始めた世界のトヨタ。今度のル・マン24時間レースは、モータスポーツの面白さを再認識レースになる予感がする。
※レース・ドライバーの写真は2016年WEC/ル・マンの写真は2015年のもの