その国の道を走ると、その国のクルマのことがわかる
「boulevard(ブルヴァール)」「avenue(アヴニュ)」「rue(リュ)」「ruelle(リュエル)」「autoroute(オートルート)」「route(ルート)」「chemin(シュマン)」「sentier(ソンティエル)」……あと何かあったかな? あった気もするけど、まぁいいや。ともかく、これらは何かといえば、いずれもフランス語の“道”を示す単語である。
一番最初から順に、「並木のある(城壁の跡地にできた)大通り」「並木のある大通り」「普通の通り」「路地」「高速道路」「幹線道路・街道」「田舎道・山道」「田舎の小道・森の中の道」といった感じだろうか? 微妙に違っていたりするかも知れないけれど、フランスに年に何度も通っていた頃に教わったところによれば、まぁおおむねそんな感じらしい。
それを初めて知ったとき、素晴らしいな、と思ったものだ。日本では頭に“大”だとか“裏”だとか“峠”だとかが付属することはあるものの、大抵は“道”という言葉に集約されるわけだが、一方のフランスでは幅の広さだとか立地だとか環境だとか使い方などによって、表す言葉そのものが多彩に変化する。フランス人は、豊かな感性をもってして“道”というものを捉えているのだろうな、と感じたからだ。おそらく、無意識に細やかなのだ。
その国の道を走ってみると、その国のクルマのことがわかる。それは確かだな、と思う。そして最も強くそのことを実感できるのは、個人的にはフランスだろうと感じている。
例えば、パリの街だ。大都市ゆえに道路は基本的には整備されているが、交差点を曲がると、路面がいきなりアスファルトから石畳に切り替わったりする。抜け道をしようと裏道に入ると、やはり石畳だったりする。前方に路面の荒れてそうな場所があるなと思うと、それは敷き詰めたアスファルトが傷んで覆われていた石畳が露出してる場所だったりする。
パリの街を出て少し走ると、あるいは地方都市から郊外に出るといきなり、風景は絵画のような美しさを見せてくれたりする。そうした街と街を繋ぐ道は真っ直ぐであることが多いけど、うねりや淡い凹凸が少なくない。もう少し街から離れると、いたるところ丘陵地帯だらけで、上りや下りが、表情豊かな右や左へのカーブが、次から次へとやってくる。
フランスのクルマは、そういう環境から生まれてくるわけだ。“道”という存在に対してごくセンシティブな感覚をごく自然に備えた人達が、目まぐるしく変わる振れ幅の大きい路面の上を走って移動するためのクルマ達。
だから、総じて足が長い。サスペンションがしっかり伸びて、しっかり縮み、車体そのものをフラットに保とうとする。タイヤをしっかり路面に押しつけながら、路面の変化をやんわりと受け止める。決して強靱には感じられないのだけど、その柔軟さの奥には芯がある。
だからフランス車を走らせていて快適に感じられるのだ。だから長い距離を走り続けても疲れないのだ。ひとことで“フランス車の魅力”と括られたりするけれど、数えようと思えば色々と並べられる。
ワン&オンリーの個性的なスタイリングというのもそうだろうし、ブンブン回せば実用エンジンでも活発に走ってくれるということもあるだろう。でも僕は、何かひとつ選べといわれたら、足の長さが生み出す人間への優しさ、を挙げるだろう。その優しさは、何せ他の国のクルマ達からは感じられない種類の心地よさなのだ。
もう2年とちょっと、あんなにも通い詰めたフランスには行っていないから、近いうちに行きたいな、と思う。パリでルノーのレンタカーあたりを借りて、そのまま葡萄畑が延々と続く丘陵地帯へと一気に向かい、印象派の絵のような風景を走り抜け、中世の雰囲気を色濃く残した村あたりでゆったりと過ごしたい。きっと心地好い休暇になるはずだ。
(写真:嶋田智之)
嶋田智之
自動車雑誌の編集長を長く務めた後、クルマ系物書きとして様々なところで活躍中。読者目線で書かれる文章にファンが多い。