投稿日: 2016年4月25日 06:00 TEXT: 原田 了 黎明期の国産ラリーカーpart.3(1970年代序盤) Category 自動車イベント・カーイベント モータースポーツ 自動車コラム その他コラムTags 博物館 画像はこちら ラリーの三菱”がサザンクロスに加えてサファリにも挑戦 1910年代後半に、オーストラリア1周ラリーと呼ばれていたモービル・ガス・トライアルに挑戦することで始まった国産車の海外ラリーへの挑戦だが、1970年代序盤には、その後継となるサザンクロスラリーに加えて、アフリカ大陸の灼熱の大地を駆け抜けるサファリラリーにも注目が集まるようになった。67年の第2回大会で、国内メーカーとして初めてサザンクロスラリーに出場、コルト1000Fでクラス優勝を飾った三菱は、その後も参戦を続け、72年にはギャランで初めて、総合優勝を飾ることになった。そして翌73年にはギャランからランサーへと主戦マシンを大変わりさせながら参戦を続け、76年まで連勝……72年のギャランを合わせると5連勝を飾っている。同時にランサーは74年からサファリラリーにも挑戦。見事デビュー戦で総合優勝を飾っている。1972 Mitsubishi Colt Galant 16L GS 新世代のコルトがサザンクロスを初制覇 コルト1000Fを投入し、1967年の第2回サザンクロスラリーに挑戦した三菱は、デビュー戦でクラス優勝/総合でも4位入賞と、望外の好成績を得ることになった。そしてそれ以降、その後継モデルの1100Fや11F SS、そして発展モデルたる1500SSで参戦を続けてきたが、クラス優勝と総合3位までは行くものの、その“一歩上”には手が届かないままだった。 そこで69年に発売された新世代の4ドアセダン、コルトギャラン…次世代からは単にギャランを名乗ることになる…を新たなラリーカーとしてチューニングすることになった。71年にサザンクロスにデビューしたコルトギャランA?GSは、総合3位に留まったが、翌72年の第7回大会には排気量を1.5リッターから1.6リッターに引き上げた16L GSがデビュー。悲願だったサザンクロスラリーの総合優勝を飾ることになった。写真の個体は岡崎にある三菱オートギャラリーで撮影。第7回大会で走行シーンは三菱自動車広報提供。1973-74 Mitsubishi Lancer 1600GSR Rally デビュー戦でサファリを制した生粋のラリーカー 1973年2月、三菱は新たな4ドアセダンをリリースした。コルトギャランよりも僅かに小ぶりだったが1.2リッター?1.6リッターという守備範囲はギャランとバッティングするのでは? と危惧させたランサーだったが、その4カ月後、サブネームがそのまま商品名となる新型ギャランが登場。こちらはボディサイズとエンジン排気量も拡大しており、ランサーは、ここで初めてコルトギャランの後継モデルとして認知されることになった。当然、ラリー活動でも主戦マシンの座を引き継ぐことになり、同年のサザンクロスラリーでは総合優勝……1位から4位までを独占する圧勝だった。さらに翌74年にはWRCのシリーズ戦のひとつとなっていた東アフリカ・サファリラリーにも挑戦することになったが、このWRCデビュー戦では名手、ジョギンダ・シンのドライブで見事デビューウインを飾り、以後、歴代ランサーはラリーマイスターの名をほしいままにすることになった。写真の個体は岡崎にある三菱オートギャラリーで撮影。74年の第22回東アフリカ・サファリラリーのシーンは三菱自動車広報提供。 画像をもっと見る編集部が選ぶ!あなたにおすすめの記事 FORD COSWORTH DFV時代のF1 part.1(1966年-1980年) 【PR】【2024年11月】車一括査定を利用するならどこがおすすめ?ランキング形式で紹介 グループB時代のラリーカー・プロローグ(-1983年) スポーツカー選手権はメーカー参入で狂乱時代(1968-1975)[アルファ・ロメオ/ポルシェ/フェラーリ/ルノー] お初の人も経験者もホンダファンなら行かねばならぬ! 生まれ変わったホンダ・コレクションホールの充実っぷりがヤバい ポルシェ好きなら「じゃないほう」のミュージアムも訪問必須! 本物のファン感涙のレア展示がヤバい