アバルトはクルマと一体になって走れる「サラブレット」
では、走りにどのような違いがあるのか? フィアット500は2気筒特有のポロポロという可愛らしいサウンドながらも、低回転域から湧き出るトルク特性やレスポンスのよさも相まって、ノーマルモードでも街なかから高速道路まで十分なパフォーマンスを発揮する。
それに対してアバルト595は160psというスペックを考えると、ノーマルモードではスロットルに対する反応やレスポンスも大人なセット。「サソリの毒は薄められたか?」と感じるくらい穏やかだ。しかしスポーツモードを選択すると、スロットルの反応は鋭く、エンジンレスポンスも鋭さを増すのだ。
ブーストは0.8から1.2kgf/cmに高められ、最大トルクは210から230Nmにアップするなど、サソリの本性が顔を出す。今回の試乗はフルウエット路面だったが、スロットル全開だと1速はもちろん2速までホイールスピンで、トラクションコントロールのお世話になったほどだ。
フィアット500のフットワークは、軽やかでキビキビとステップを踏むような感覚。これはデビュー当初から不変だが、初期モデルと比べるとしなやかに路面を捕える感覚が強まり、快適性も大きくアップ。おそらく公式発表することなく熟成されているのだろう。
それに対し、アバルト595の車両重量は1120kgとそれほど重量級ではないが、フィアット500と比べるとドシッと路面を掴む印象が強い。高速道路では2300mmのショートホイールベースながらも直進安定性も高い。また引き締められたサスペンションは、路面の凹凸では揺すられる感覚はあるが吸収性が高いので、想像以上に快適性も高くGT的な要素も兼ね備えている。
ただし、ワインディングではご機嫌なハンドリングで、スポーツモードでは路面からの手応えが増える操舵フィールに、LSD効果をもつTTC(トルク・トランスファー・コントロール)、そして専用サスペンションが相まって、アンダー知らずの小気味いいオン・ザ・レールのコーナリングだ。
ただ、かつてのホットハッチのように腕でねじ伏せる「じゃじゃ馬」ではなく、クルマと一体になって走れる「サラブレット」に仕上がっている。以前はエンジンパワーに若干シャーシが負けていたが、今は熟成されて160psをサラッと受け止められるようになった。
この2台は国産コンプリートカーの比較試乗でよくいわれる「違いはわかるひとにはわかる」というレベルではなく、まったく別のクルマであると考えたほうがいいだろう。ただ、おもしろいのはフィアット500がダメで、アバルト595がいいという結論にはならないということだ。
フィアット500はNAロードスターのような「使いきる喜び」があるスポーツなのに対し、アバルト595は「火傷しそうな刺激」を備えたスポーツ。各々のよさや魅力があるのだ。そのため、どちらも満足度は高く、用途や生活スタイルに合わせて選択したい。
ただ、アバルトはこの価格帯でこの「スペシャル感」と「所有したい」と思わせる演出などを含めて、日本のワークスブランドは見習ってほしい部分は数多い。ネガを消すのではなく、引き出しを増やすクルマ作り。個人的にはAMGやMよりも学ぶべき点は多いと思っている。
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