ベテランF1ジャーナリスト山口正己の「速いチームの見分け方」
現在は、システムが進化して、比較的この“観察”の的中率が下がっているが、金曜日に走り始める前に、チーム力を予測する“観察法”がある。2016年シーズンのF1のすべてが始まる金曜日午前中のフリー走行が始まる前にチェックしてみた!
観察のテーマは、フリー走行1に向けての調整である。
金曜日は、すべてがここからスタートする大切な瞬間だが、どんなことでもなかなか予定通りにコトは進まない。
F1は、整理整頓世界選手権と呼ばれる。呼んでいるのは私だけだったりするが、事前の準備が非常に重要で、その準備のレベルが高いチームほど成績がいいのである。特に開幕戦では、そうした状況の中でさらに新しいマシンだから、ピットクルーにとってもいつにも増した緊張感にさらされた中で、準備万端にしておく必要がある。
<美しいマシンが速いその理由>
1980年代中頃、F1写真家の間瀬明さんのオフィスでF1GPを撮影したばかりの写真を、『auto technic』という雑誌のために選んでいた。元々モーターレーシング大好きの私は、1点1点が非常に興味深いのでていねいに拝見していた。
当時は、20枚のポジフィルムを並べたファイルをみて、気になる写真をライトテーブルに取り出してルーペで観察し、雑誌用に拝借する写真を選んでいく。
その作業中、訳知り顔で、“やっぱりJPSロータスはきれいですね”とつぶやいた。1976年の日本GPをバーニー・エクレストンに交渉して招聘するお手伝いをした間瀬さんから、おほめの言葉をいたたけると鼻高々の好青年(オレです–笑)に向かって間瀬さんは、「だから現場に来なくちゃダメって言ってるんだよ」と仰った。
「きれいな時のJPSロータスは速いけれど、遅い時もある。よく見比べたらわかるはずだ」と。
簡単にいえば、ワックスはかけなくても走る。ワックスをかける作業は一番後回しだ。バタバタして準備が遅れるとワックスをかける余裕がないうちに時間切れになる。だから美しいかどうかで、マシンとチームの調子を見極めることができるのだ。
目からウロコが落ちた。美しいマシンは速いとは、そういう意味も含んでいたのだ。
2003年の開幕戦のバーレーンで、そのことを思い出して、木曜日に各チームのピットを巡ってみた。すでに、システムが出来上がっていたので、さすがにワックスをかけていないマシンは見あたらなかったが、作業の進み具合が明らかに違った。
ルノーとマクラーレン、そしてフェラーリはほぼすべての作業を終え、7?8人がゆっくりと作業するピットガレージは静かだった。
驚いたのは、その年からコンストラクターとして活動を開始したホンダだった。ピットはきれいに整頓され、作業しているのはやはり7?8人。ひとりとしてどたばたしたスタッフがいなかったのだ。
それに対してトヨタのピットでは、20人以上が動き回って、時々エンジン音が響いていた。
もっともドタバタしていたのは、新参のスーパーアグリだった。ピット裏には到着したばかりのパーツを梱包していたダンボールが散乱して、明らかに準備が追いついていない状況を証明していた。
レースの結果は、ルノーが優勝、2位にフェラーリ、3位がマクラーレン、そして4位がホンダだった。木曜日に整然としていたチームが上位に来た。トヨタは、ラルフ・シューマッハ14位、ヤルノ・トゥルーリ16位、木曜日の状況がそのまま反映された形だった。
単なる偶然かもしれない。しかし、F1は整理整頓世界選手権であることきを思い出させる出来事だった。
メルセデスもフェラーリもすでに準備万端!!
さて、今年は、もう1日前の水曜日にその観察を行なってみた。
金曜日からスケジュールが始まるから、マシンの準備はもちろん、ピット周辺も実戦に備えておかなければならない。例えば、タイヤ交換に備えてマシンの停止位置のマーキングがされている。簡単にいえば、オレンジ色のガムテープを路面に貼り付けて、前後輪が停止するべき位置を示す。
この作業をいつやるかなのだが、面白いのは、フェラーリ、メルセデス、フォースインディアの3チームは、すでに水曜日にこの作業を終えていた。バルセロナのテストでトップタイムを記録したチームだ。たいていのチームは木曜日をこの作業に充てているが、上記3チームが先んじて作業を終えていたことは全体の余裕の現れかもしれない。
多くのチーム、特に昨年の上位チームはピットガレージのシャッターを降ろして中の作業は見えないが、去年貼り付けたマーキングを剥がす作業をしているチームもある。
これを頭に入れて、金曜日から始まるセッションの動向を見てみたい。
そして、気になるマクラーレン・ホンダはどうだったかといえば、ピットロードの作業スペースには、タイヤ交換用のインパクトレンチやカウル類がきれいに並べられているが、他のチームより、ピットレーンに並んでいるものが多く、停止位置のマーキングも手つかずだった。